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《創造者に導かれる旅》その89 「神さまの声は燃える火です」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》その89 「神さまの声は燃える火です」

申命記4:36 主はあなたを訓練するために、天から御声を聞かせ、地上に大いなる御自分の火を示された。あなたは火の中からその言葉を聞いた。

※神さまは御声を聞かせると同時に大いなる火を示される。わたしたちは火の中で神さまの言葉を聞く。申命記はこう語ります。これは、神さまの御声、御言葉は、まるで火のようなものだ、ということではないでしょうか。火は闇を照らします。火は暖めます。火はこころを熱くします。燃え上がらせます。火は古いものを焼き払います。神さまの御言葉も、闇の中のわたしたちを照らしてくださいます。冷たいわたしたちの手を温めてくれます。凍てついたわたしたちのこころを熱してくれます。わたしたちがしがみつく自分の思いを焼き払ってくれます。隣人を暖めよとわたしたちの中に炎を灯してくれます。

今週の祈り「主なる神さま、祈り無きわたしたちに祈りをくださり、まことにありがとうございます。神さま、若い人びとの前に道を切り開いてください。希望と未来をお与えください。あなたがともにいて、前に進ませてください。神さま、病気や高齢の方がたをお支えください。あなたの平安と慰めで満たしてください。神さま、この国と世界に、正義をもたらしてください。わたしたちの心にシャロームを灯してください。神さま、天でも、地でも、インマヌエル、あなたがともにいてください。天においても、地においても、わたしたちの中に、そして、わたしたちの間に、あなたの愛を満たしてください。あなたの愛をあいだに、わたしたちをひとつにつなぎあわせてください。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」

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《使徒書の御言葉》その89「人の力だけでなく、むしろ、それ以上に、神さまのお働きに委ねましょう」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その89「人の力だけでなく、むしろ、それ以上に、神さまのお働きに委ねましょう」

コリントの信徒への手紙一3:6 わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。3:7 ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。

※コリントの教会では、パウロにつくだのアポロにつくだの、分裂と争いがあったようです。パウロは人びとを教会に招き入れる働きをし、アポロはその人びとを迎え入れる役目をしていたのかも知れません。けれども、その人びとを信仰者として成長させたのは神だ、とパウロは言います。いや「信仰者としての成長」というよりも、神さまがその人びとにご自分の愛と恵みと救いをいよいよあきらかにお示しになり、お与えになられたということではないでしょうか。教会でも、人の努力、人の愛は大切ですが、それだけではなく、それ以上に、神さまのお働きにお委ねすることが大切でしょう。神さまが導いてくださる、神さまが育ててくださる、と信頼するとき、わたしたちの努力や愛も生かされるのではないでしょうか。

今週の祈り「神さま、自分の思いにこだわるわたしたちを、あなたとの祈りにお招きくださり、まことにありがとうございます。神さま、わたしたちを打ち砕き、あなたの愛で満たしてください。神さま、天に召された方がたを平安で満たしてください。地上に生きるわたしたちをお慰めください。神さま、病気や怪我で苦しんでいる友を、どうぞ、お癒しください。神さま、高齢者や病気の人びと、若い人びとを猛暑よりお守りください。神さま、騒ぎ立つわたしたちの心を静めてください。神さま、自分のことではなく、人びとのことを思えるように、わたしたちを造り替えてください。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」

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《創造者に導かれる旅》その88 「わたしたちは、わたしたちの源や歴史を想うとき、神さまを否定することはできません」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》その88 「わたしたちは、わたしたちの源や歴史を想うとき、神さまを否定することはできません」

申命記4:32 あなたに先立つ遠い昔、神が地上に人間を創造された最初の時代にさかのぼり、また天の果てから果てまで尋ねてみるがよい。これほど大いなることがかつて起こったであろうか。あるいは、そのようなことを聞いたことがあろうか。

※わたしたちが今ここにいるのは、偶然なのでしょうか。わたしたちが生きる世界がここにあり、わたしたちにいたるまでの生命の歴史があるのは、偶然なのでしょうか。それとも、わたしたちにも、世界にも、歴史にも、源があり、創造し導いて来られたお方がおられ、そのお方の意志、愛があるのでしょうか。太古の創造の場に居合わせなくても、たとえば、今日、一輪の花を見るとき、わたしたちは、それを偶然と思うでしょうか。それとも、花を咲かそうとする意志、花の源にある愛を想わないでしょうか。だとすれば、その意志、その愛ほど大いなるもの、その意志、その愛による創造、導きほど大いなる出来事が他に存在するでしょうか。

今週の祈り「神さま、猛暑の中、祈りの木陰に招き入れてくださり、こころより感謝申し上げます。神さま、高齢の方々、若い方々、屋内の方々、屋外の方々を、どうぞ、この酷暑からお守りください。とくに、豪雨により大きな被害に遭った方々、その方々を支えようとする方々を、そうぞ、あなたがお守りください。神さま、目標に向かって歩んでいる方々の前に、あなたが広い道を切り開いてください。神さま、どんなときでも、あなたを信頼して生きていく信仰をわたしたちにお与えください。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」
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《使徒書の御言葉》その88「『肉の人』から『霊の人』になれるように祈り求めましょう」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その88「『肉の人』から『霊の人』になれるように祈り求めましょう」

コリントの信徒への手紙一3:3お互いの間にねたみや争いが絶えない以上、あなたがたは肉の人であり、ただの人として歩んでいる、ということになりはしませんか。3:4 ある人が「わたしはパウロにつく」と言い、他の人が「わたしはアポロに」などと言っているとすれば、あなたがたは、ただの人にすぎないではありませんか。

※パウロが言う「肉の人」「ただの人」とは、神さまや他の人のことを想わないで、ただ自分の頭の中に浮かんでくるままに話したり、動いたりする人のことでしょう。祈りや相手への配慮によって吟味することなく、自分の思いつきをそのままで正しいとしてしまうような人のことでしょう。じつは、わたしたちの多くは、そのような側面を持ち合わせているのではないでしょうか。そして、そうすることで、わたしたちの間には「ねたみや争い」が絶えないのです。これを克服するには、霊の助けが必要だとパウロは知っています。自分の思いのままにではなく、神さまに祈りつつ、他者を愛しつつ、話したり行動したりする人を、パウロは「霊の人」と呼びます。わたしたちは皆、神さまの霊、神さまの愛を受けているのですから、それを思い出して、「霊の人」として生きられるように祈り求めようではありませんか。

今週の祈り「神さま、苦しむわたしたちに、祈りというやすらぎをお与えくださり、まことにありがとうございます。神さま、猛暑に晒されている人びとに、木陰と涼風と湧き出る水をもたらしてください。神さま、人の言葉や仕打ちによって傷んでいる人びとに、あなたの慰めと希望の言葉をもたらしてください。神さま、誠実や真実、正義と公正、愛と思慮を失いつつあるわたしたちに、あなたのシャロームを取り戻してください。肉の人にとどまろうとするわたしたちを霊の人へと造り替えてください。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」

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「神さまはわたしたちをけっして見捨てませんし、滅ぼしません」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》その87 「神さまはわたしたちをけっして見捨てませんし、滅ぼしません」

申命記4:30 これらすべてのことがあなたに臨む終わりの日、苦しみの時に、あなたはあなたの神、主のもとに立ち帰り、その声に聞き従う。4:31 あなたの神、主は憐れみ深い神であり、あなたを見捨てることも滅ぼすことも、あなたの先祖に誓われた契約を忘れられることもないからである。

※苦しみの日には、神さまのもとに立ち返り、その声に聞き従いましょう。希望と慰めの御言葉に耳を傾けましょう。いや、苦しみの日こそ、神さまはわたしたちに駆け寄ってくださり、「わたしはここにいるよ」と声をかけてくださるのです。たとえ、人に傷つけられることがあっても、どんなに苦しいことがあっても、神さまは、わたしたちを見て、ともに心を痛めてくださいます。たとえわたしたちから去っていく者がいても、神さまはわたしたちをけっして見捨てることはありません。たとえわたしたちの存在を無視し、そこにいない者としてしまう人びとがいても、神さまはわたしたちをけっして滅ぼされることはありません。神さまはどこまでもわたしたちに誠実でいてくださいます。

今週の祈り「神さま、乱れる心をもてあますわたしたちを、静かな祈りへとお招きくださり、まことにありがとうございます。神さま、この猛暑の中、被災された方々、支援に駆けつける方々の、精一杯の心身を、どうぞ、お守りください。日陰を備え、風をもたらしてください。のどの渇きを潤し、手足に、体に力を注いでください。安全をお守りください。神さま、炎天下や暑い屋内でスポーツや活動に励む子どもたちをお守りください。指導者に危険を回避する適切な判断と勇気をお与えください。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」
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《使徒書の御言葉》その87「自分の思いではなく、神さまの御心に従いましょう」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その87「自分の思いではなく、神さまの御心に従いましょう」

コリントの信徒への手紙一2:13わたしたちがこれについて語るのも、人の知恵に教えられた言葉によるのではなく、“霊”に教えられた言葉によっています。つまり、霊的なものによって霊的なことを説明するのです。

※わたしたちは「自分は神さまにふさわしくない」「自分には信仰がない」と考えます。けれども、神さまは「わたしはあなたを愛している」「あなたがどんな人であってもわたしはあなたを愛している」と言われます。わたしたちは自分の思いに従うべきでしょうか。それとも、神さまのお心に委ねるべきでしょうか。神さまのことについては、わたしたちは「自分の知恵」ではなく、「霊」に聞き従いたいと思います。「霊」は、そもそも、神さまの愛であり、御心であり、いのちです。インマヌエル、アガペー、シャロームそのものです。神さまは、わたしたちとともにいてくださり、無償で愛してくださり、平安で満たしてくださいます。わたしたちは、自分の知恵ではなく、インマヌエル、アガペー、シャロームという神さまの叡智に従いたいと思います。

今週の祈り「神さま、嵐の中のわたしたちを祈りへとお導きくださり、まことにありがとうございます。神さま、混沌の大水を、どうぞあなたが治めてください。神さま、つぶれてしまいそうなあわれなわたしたちの魂を、どうぞ、あなたがお助けください。神さま、大災害に見舞われた方々を、どうぞ、あなたがお救いください。支援に駆けつける方々を、どうぞ、あなたがお守りください。あなたの力と愛と慰めを注いでください。神さま、わたしたちの間に、憎しみや無視や断絶ではなく、いたわりと交わりと和解が満ちあふれますように。神さま、あなたのシャロームを、全地に、全人にみなぎらせてください。平和な空気を、胸いっぱいに吸い込ませてください。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」
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《創造者に導かれる旅》その86 「むなしいものではなく、根本の支えを慕い求めましょう」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》その86 「むなしいものではなく、根本の支えを慕い求めましょう」

申命記4:28 あなたたちはそこで、人間の手の業である、見ることも、聞くことも、食べることも、嗅ぐこともできない木や石の神々に仕えるであろう。4:29 しかしあなたたちは、その所からあなたの神、主を尋ね求めねばならない。心を尽くし、魂を尽くして求めるならば、あなたは神に出会うであろう。

※モーセに導かれ、奴隷の地エジプトを脱出したイスラエルの民は、荒れ野の旅を経て、カナンの地に入ります。しかし、そこには、「木や石の神々」、つまり、偶像が待っていました。モーセは民に、それらに惑わされることなく、「心を尽くし、魂を尽くして」まことの神を求めるように戒め、そうすれば、出会えることを約束します。わたしたちの時代も、ハイテク技術や銀行の預金残高、社会での地位、他者に対する優越感などを崇拝してしまいます。そうしたものを心のよりどころにしてしまいます。けれども、わたしたちの根本の支えは、わたしたちと天地を創造してくださり、つねにともにいてくださる神さまであることを忘れず、このお方をせつに慕い求めたいと思います。

今週の祈り「神さま、思い煩うわたしたちを、静かな祈りへとお招きくださり、まことにありがとうございます。神さま、高齢の方々、病気の方々と、あなたがともにいてくださり、癒しの御手をお当てください。神さま、わたしたちを争いや人を貶める言葉や行いから救い出し、配慮といたわりのある、共なる生活へと導き入れてください。あなたのシャロームを漂わせ、わたしたちをそこに浸らせてください。神さま、暴力や暴言、圧力、そして、災害で苦しんでいる人びとがいます。どうぞ、あなたがともにいてくださり、そこから救い出してください。神さま、あなたが、希望なきわたしたちの希望となってください。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」

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《使徒書の御言葉》その86「深いところにおられる神さまをこそ、わたしたちは信頼します」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その86「深いところにおられる神さまをこそ、わたしたちは信頼します」

コリントの信徒への手紙一2:5 それは、あなたがたが人の知恵によってではなく、神の力によって信じるようになるためでした。

※「信じる」とは、この世界とわたしたちと創造してくださり、つねにともにいてくださる神さまが、目には見えないけれども、たしかにおられると信じ、その神さまにわたしたちと人生をお委ねする、つまり、神さまを信頼することです。わたしたちがそのように導かれるのは、自分の知恵によるのでもなければ、牧師の知恵や指導によるのでもなく、神さまの力、神さまのお導きによるのです。表面的には、自分自身や誰かによって信仰に至ったように見えても、その奥には、神さまのお力があることを忘れてはなりません。それは、ときに、派手な奇跡のように思えることもあるかもしれませんが、そのさらに深いところにある、地下水のような、大地のような、どっしりとしてかわらない、神さまの存在こそが、わたしたちを支え、導く神さまのお力であり、この神さまをこそ、わたしたちは信頼するのです。

今週の祈り「神さま、わたしたちを祈りへとお導きくださり、まことにありがとうございます。神さま、わたしたちは何を祈るべきか知りませんが、祈りの中で、あなたがわたしたちに祈るべきことを教えてください。神さま、わたしたちの想いと言葉を静めてください。ただ、あなたの愛と平和に委ねさせてください。わたしたちをあなたの静けさと平安で満たしてください。神さま、苦しみ傷んでいる友がいます。どうぞ、お救いください。神さま、人びとがあなたと出会い、あなたに支えられて、人生をゆたかに歩むことができますように。あなたと出会い、あなたの愛を受け、愛に満ちた人生を送れますように。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」

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《創造者に導かれる旅》その85 「深いところでこんこんと湧く水の音に耳を傾けましょう」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》その85 「深いところでこんこんと湧く水の音に耳を傾けましょう」

民数記21:16 彼らはそこからベエル(井戸)に行った。これは、主がモーセに「民を集めよ、彼らに水を与えよう」と言われた井戸である。21:17 そのことがあったとき、イスラエルはこの歌をうたった。井戸よ、湧き上がれ/井戸に向かって歌え。

※荒れ野を旅し喉を乾かすイスラエルの民に、神さまは水を与えられました。けれども、その水を飲むためには、井戸を掘らなければなりませんでした。地下の深いところに、泉があったのです。わたしたちも同じです。神さまから生ける水をいただくには、わたしたちは深く掘りさげなければなりません。わたしたち自身が深いところに行かなくてはなりません。祈りにおいて、わたしたちは深く降りて行かなくてはなりません。あるいは、み言葉の、表面ではなく、深いところを味わわなければなりません。このように言えば難しそうに思えますが、自分の言葉を黙らせ、神さまの静けさに耳を傾けるとき、もうそこには、深いところで湧いている水の音が聞こえてくるでしょう。

今週の祈り「神さま、あなたはわたしたちを祈りに招き、友となってくださいます。まことにありがとうございます。神さま、友の体を苦しめる痛みにあなたの御手をお当てください。友の心にのしかかる重荷をあなたの御手でともに担ってください。神さま、友への愛と、友を不正に苦しめるものへの怒りをお与えください。憎悪と怨恨、嫉妬を取り除いてください。友への配慮、誠実、祈りで、わたしたちを満たしてください。神さま、目に見えないあなたが、わたしたちを創り、わたしたちを治め、いつもともにいてくださることを、ひとりでも多くの人びとに告げ知らせることができますように。人びとの思いに耳を傾け、祈ることができますように。そして、人びとの生がゆたかになりますように。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」

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《使徒書の御言葉》その85「わたしたちは弱いですが、神さまは強いです」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その85「わたしたちは弱いですが、神さまは強いです」

コリントの信徒への手紙一2:3 そちらに行ったとき、わたしは衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安でした。2:4 わたしの言葉もわたしの宣教も、知恵にあふれた言葉によらず、“霊”と力の証明によるものでした。

※パウロはコリントの教会に行ったとき、衰弱し、何かを恐れ、ひどく不安な状態でした。ですから、「良い話」「上手な話」を人びとに聞かせることはできませんでした。それでも、神さまやイエス・キリストのことは、人びとに伝わったのです。それは、神さまの霊と力によるものだ、とパウロは言います。わたしたちも、パウロと同じように、自分の力ではこれはとうていできないと感じることがしばしばあります。けれども、自分の力ではなく、神さまが導いてくださる、神さまが道を切り開いてくださる、と信頼することが何よりも大切です。パウロは別のところで「力は弱さの中でこそ十分に発揮される」と述べています。わたしたちも「主われを愛す 主は強ければ、われ弱くとも 恐れはあらじ」と歌って来たではありませんか。

今週の祈り「神さま、強さも信仰も徳もないわたしたちを、あなたの力と誠実と愛に満ちた祈りにお招きくださり、まことにありがとうございます。神さま、万策尽きて打ちのめされている友がいます。どうぞ、あなたが手を伸ばし、道を切り開いてくださいますようにお願い申し上げます。神さま、心身に痛みを抱える友がいます。どうぞ、あなたがかたわらにいてくださり、癒しの御手をお当てくださいますようにお願い申し上げます。神さま、日本とアジアと世界に、あなたの正義と平和を漲らせてください。わたしたちの精神をあなたの正義と平和で満たしてください。あなたを信じ、あなたを希望とし、あなたを土台とし、あなたに従うことで、わたしたちの精神をゆたかなものにしてください。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」

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