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「わたしたちによって、わたしたちとともに、わたしたちのために、イエスは苦しむ」 [中高生向けのお話]

中高生礼拝 20180225 ヨハネ18:15-18, 25-27 p.204 
 
「わたしたちによって、わたしたちとともに、わたしたちのために、イエスは苦しむ」

 いま、教会は受難節という季節に入っています。受難節は、イエスさまの復活をお祝いするイースターまでの四十数日のことを言います。この期間、教会では、イエスさまが苦しめられて十字架につけられるまでの聖書の箇所を読み、イエスさまがどれだけ苦しまれたか、思いをめぐらすのです。それは、イエスさまがどれだけ苦しまれたかということだけでなく、イエスさまがどれだけわたしたちのために、そして、わたしたちと一緒に苦しまれたか、さらには、イエスさまはわたしたちによってどれだけ苦しめられたか、ということに思いをめぐらすことでもあるのです。

 さて、先週のお話にあったと思いますが、イエスさまは弟子のひとりに裏切られて、捕まえられ、大祭司という人のところに連れて行かれました。

 ところが、そのあとを、ペトロという人がついていきます。こっそりついていきます。自分はイエスさまの弟子です、と名乗り出る勇気はありません。イエスさまと同じように、自分も捕まえられてしまわないかと恐れています。それでも、イエスさまのことが気になって、自分がイエスさまの弟子だとばれないようにしながら、イエスさまのあとをついていったのです。

 ところが、大祭司の屋敷の門番をしていた女の人が、「あなたも、あのイエスの弟子の一人ではありませんか」と尋ねます。けれども、ペトロは「違う」と答えます。ペトロは、イエスの弟子ではない、ただの野次馬だというふりをして、大祭司の家来たちと一緒に焚火にあたったりします。すると、また、誰かから「おまえもあのイエスの弟子のひとりではないのか」と尋ねられますが、ペトロは「違う」と打ち消します。さらに、もう一人の人から「あなたがイエスと一緒にいるのをわたしは見たことがある」と言われますが、ペトロは、そんなことはない、と否定します。すると、鶏が鳴きました。

 じつは、イエスさまはこのことを前もって予想しておられたのです。イエスさまが捕まる前、ペトロはイエスさまに「どこまでもついていきます。あなたのためなら命を捨てます」と勇ましいことを言っていたのですが、イエスさまは「はっきり言っておく。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしのことを知らないと言うだろう」と予告しておられたのです。

 弟子に裏切られて、捕まえられてしまう苦しみ。捕まえられたあとは、他の弟子からも見放され、三度にわたって、こんな人は知らない、と否定される苦しみ、さらには、人間のそのような弱さを前もって知っている苦しみ。イエスさまの苦しみはいくつも重なります。
 
 けれども、これは、イエスさまほどは重くはないかもしれないけれども人間関係の中で同じような苦しみを受けているわたしたちと一緒にイエスさまが苦しんでくださることであり、さらに言えば、わたしたちを救おうとイエスさま自らが苦しんでくださることなのです。
 
 もうひとつ言えば、ペトロがイエスさまにしたのと同じように、わたしたちも自分を守るために誰かを見棄てることがあります。つまり、ペトロがイエスさまを見棄ててイエスさまを苦しめたように、わたしたちもイエスさまを苦しめていると言うこともできます。
 
 受難節の期間、イエスさまが、わたしたちによって苦しみ、また、わたしたちとともに、そして、わたしたちのために苦しんでくださることに思いをめぐらしたいと思います。
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