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2017年11月12日 [説教動画]

2017年11月12日 主日礼拝 説教「生きている者の神」 マルコ12:18-27 林巌雄牧師 

https://www.youtube.com/watch?v=ZJynM7RTxbk
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聖書の話を身近な経験に置き替えてみました(75)「死後の世界は言葉では言い表せないけれども、ただひとつだけたしかなことがあります」 [聖書の話を身近な経験に置き替えてみた]

聖書の話を身近な経験に置き替えてみました(75)「死後の世界は言葉では言い表せないけれども、ただひとつだけたしかなことがあります」

 もし死後の世界があるなら、そこはどのようなところでしょうか。今わたしたちがいる世界と同じように、時間があり、空間があるのでしょうか。今と同じように言葉や意識をひとりひとりが持っているのでしょうか。

 先に旅立ったおばあちゃんは92歳の姿のままそこにいるのでしょうか。それとも17歳のときのようになっているのでしょうか。あるいは、赤ちゃんのようになっているのでしょうか。

 「おばあちゃんはきっと天から見守っていてくれるよ」という言葉は何らかの意味で真実だと思いますが、それは92歳か17歳か新生児の人間としてでしょうか。それとも、お星さまになっているのでしょうか。

 わたしたちにはわからないのです。わからないから、あたり一面金色に輝いたり、花が咲き乱れ小鳥がさえずったり、妙なる調べが聞こえたりするような死後の世界を思い描くしかないのです。わからないから、たましいだけになるとか、透明になるとか、人間の目には見えない姿になるとか、どこかに生まれ変わるとか、星になるとか、風になるとか、鳥になるとか、想像力を働かせるしかないのです。

 そして、それはけっして不十分なことではありません。見えない世界を、これこれこういう世界だと断定してしまうことの方が問題です。見えない世界を、今生きている世界の考えを使って、これこれこうなんだと言ってしまう方がおかしいのです。トンネルを抜けたら霊界だったという言い方は、想像の範囲では許されるかもしれませんが、客観的な事実として断定するのであれば、怪しいテレビ番組になってしまいます。

 新約聖書によりますと、イエスも、地上の旅を終えた後のわたしたちの姿を断定的には示しませんでした。ただ「めとることも嫁ぐこともなく、天使のようになる」と言っただけなのです。

 「めとることも嫁ぐこともなく」とは、わたしたちの今の生活とはまったく違うということでしょう。今のわたしたちと同じ姿、同じ時間・空間・意識感覚があるわけではないのです。わたしたちの想像をまったく越えることであるし、わたしたちの五感を使っても描き出すことはできないことでしょう。

 「天使のようになる」というのはどういうことでしょうか。天使とはどういうものなのかわかりません。ただ、神さまとつながっている存在であることはわかります。

 この世の旅を終えた後、わたしたちはどのような世界でどのような姿になるのかは、わたしたちの言葉では言い表すことはできないけれども、ただひとつたしかなことがある。それは、神さまとつながっているということだ。イエスがこう言いたかったとしても不思議ではありません。

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《創造者に導かれる旅》その69 「主に感謝して『主はわたしの力、わたしの歌、わたしの救い』と歌いましょう」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》その69 「主に感謝して『主はわたしの力、わたしの歌、わたしの救い』と歌いましょう」

出エジプト記15:1主に向かってわたしは歌おう。主は大いなる威光を現し/馬と乗り手を海に投げ込まれた。15:2 主はわたしの力、わたしの歌/主はわたしの救いとなってくださった。この方こそわたしの神。

※イスラエルの人びとはエジプトで奴隷として苦しめられていましたが、神さまはそこから救い出してくださいました。追い迫ってくるエジプトの軍隊を斥けられました。この救いの出来事に感謝して、「主はわたしの力、わたしの歌、わたしの救い」と、人びとは誉め歌を歌いました。神さまは、わたしたちにもいのちを与えてくださり、生きる世界を創造していてくださり、養い、育んでくださいました。そして、いまもともにいてくださり、無条件に愛してくださいます。わたしたちもイスラエルの民とともに「主はわたしの力、わたしの歌、わたしの救い」と神さまの救いを感謝して歌いましょう。讃美歌は神さまの救いへの感謝の歌なのです。

今週の祈り「主なる神さま、心乱れるなか、この祈りへとお招きくださり、心より感謝を申し上げます。神さま、産業や交通において、深刻な事故が起こっていますが、どうぞ、その被害者を支えてください。そのような事故が起こらないように、お導きください。神さま、無理をすることなく、けれども、乗り越えることのできる力を、苦しい思いを大事にしつつもいたずらにはひきずらない心をお与えください。神さま、家族一人一人をお守りください。神さま、咲き始めている花を開かせてください。神さま、あたらしい職場に感謝いたします。そこでも、どうぞお支えください。神さま、わたしたちが気づかないけれども苦しみ傷んでいる人びとがいます。どうぞ、わたしたちの祈りを導いてください。イエス・キリストとともにあなたを仰ぎつつ、このお祈りをおささげいたします。アーメン」

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2017年11月12日 [週報]

2017年11月12日   降誕前第7主日              No.33

前   奏   
招きの言葉
讃 美 歌  こども54
主の祈り    (お手元のクリアファイルをごらんください)
聖   書   マルコによる福音書12:18-27 (新約 p.86)
子ども説教   
捧げもの(こどもたち)
讃 美 歌  こども24-1「いまそなえる」
祝   福
詩編交読   詩編45編(1-6節)
讃 美 歌   21-8
信仰告白   (お手元のクリアファイルをごらんください)
祈   祷
説   教   「生きている者の神」 林巌雄牧師
今週の祈り
讃 美 歌   21-506
献   金
祈   祷   
讃 美 歌   21-392
頌   詠   一編 539
祝   祷
後   奏
報   告 
     
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
本日の集会:9:30am 聖書の学び    10:00am 中高生礼拝
 礼拝後:祈祷会、キリスト教を学ぶ会

今週の集会 聖書と祈りの会 水曜日 7:00pm  土曜夕礼拝 7:00pm 


来週の主日礼拝 11月19日(日)  降誕前第6主日  
☆ 聖書 マタイ15:21-28   詩編46編
☆ 説教 「NO BORDER」 吉田慈牧師
☆ 讃美歌 こども60、21-149、21-356、21-393、一編539
☆ 9:30am 聖書の学び 10:00am 中高生礼拝
☆ 礼拝後:マリアの会、オリーブの会、フォトツリー板の塗装

報   告
☆12月24日のクリスマス礼拝で洗礼を受けようと思う方は牧師にご相談ください。
☆本日の12時15分くらいより「キリスト教を学ぶ会」があります。テーマは「主の祈り」です。ぜひ、ご参加ください。
☆マリアの会、オリーブの会、キリスト教を学ぶ会、祈祷会で、次週の讃美歌を一曲ずつ練習するようにしましょう。讃美歌自動演奏機がありますので、牧師まで。
☆11月19日の礼拝後、板のクリスマス用フォトツリーの塗装をします。数人、ご協力ください。

これからの主な予定 11月26日 アドベント準備  
12月3日 待降節第一、役員会(教会運営委員会)12月10日 待降節第二、祈祷会
12月17日 待降節第三、マリアの会、キリスト教を学ぶ会
12月24日 待降節第四(クリスマス礼拝)、祝会
16時:コンサート、18時:イブ礼拝

先週集会報告 礼拝(5日)61名   中高生礼拝(5日)1名 
聖書の学び(5日)5名  聖書と祈りの会(8日)4名  土曜夕礼拝(4日)7名

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2017年11月5日 [説教動画]

2017年11月5日 主日礼拝 説教「生も死も神と共に」 林巌雄牧師 日本キリスト教団蒲田教会

https://www.youtube.com/watch?v=XdHyu-6G-SE
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《使徒書の御言葉》その69「神さまは誰をも「汚れた」者に創っておられません」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その69「神さまは誰をも「汚れた」者に創っておられません」

ローマの信徒への手紙14:13 従って、もう互いに裁き合わないようにしよう。むしろ、つまずきとなるものや、妨げとなるものを、兄弟の前に置かないように決心しなさい。14:14 それ自体で汚れたものは何もないと、わたしは主イエスによって知り、そして確信しています。汚れたものだと思うならば、それは、その人にだけ汚れたものです。

※殺人、強奪、偽証など、重大な不正な行為はたしかに存在します。けれども、わたしたちは、いとも簡単に、他人を「正しくない」と裁いてしまうことがないでしょうか。ある大統領は自分に不都合な報道があればすぐに「フェイク・ニュース」と切り捨てようとします。けれども、わたしたちは、自分に好都合な自分ルールで、他人を裁いてはならないのです。何かを「これは汚れている」と言うことも同じです。パウロはイエスさまを通して「それ自体で汚れたものは何もない」ということを学びました。誰かのことを「汚れている」と思っても、それはわたしたちがそう決めつけているだけで、神さまは誰をも「汚れた」者に創ってはおられないのです。他者を汚れていると決めつける自分の心こそが汚れているのではないでしょうか。

今週の祈り「主なる神さま、天に召された人を想い、あなたに祈るために、お招きくださり、まことにありがとうございます。神さま、わたしたちが願っている花を、どうぞ、あなたが咲かせてください。神さま、病や不便を抱える家族を、どうぞ、あなたが癒し、お支えください。神さま、不安なことがありますが、あなたに支えられて、無理をせずに、くぐり抜けることができますように。神さま、人を支えることができるように、どうぞ、見守ってください。イエス・キリストとともにあなたを仰ぎつつ、このお祈りをおささげいたします。アーメン」

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2017年11月5日 [週報]

2017年11月5日  召天者記念礼拝               No.32

前   奏   
招きの言葉
讃 美 歌  こども49
主の祈り    (お手元のクリアファイルをごらんください)
聖   書   ローマの信徒への手紙14:7-9 (新約 p.294)
子ども説教   
捧げもの(こどもたち)
讃 美 歌  こども24-1「いまそなえる」
祝   福
詩編交読   詩編44編(1-9節)
讃 美 歌   21-451
信仰告白   (お手元のクリアファイルをごらんください)
祈   祷
説   教   「生も死も神と共に」 林巌雄牧師
今週の祈り
誕生者・召天者を覚えての祈り
献   金
祈   祷   
讃 美 歌   21-72
聖 餐 式
讃 美 歌   21-111
召天者記念の祈り
献花・讃美歌  21-112
頌   詠   一編 539
祝   祷
後   奏
報   告       
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
本日の集会:9:30am 聖書の学び    10:00am 中高生礼拝
 礼拝後:愛餐会、役員会(教会運営委員会)
今週の集会 聖書と祈りの会 水曜日 7:00pm  土曜夕礼拝 7:00pm 

来週の主日礼拝 11月12日(日)  降誕前第7主日  
☆ 聖書 マルコ12:18-27   詩編45編(1-6節)
☆ 説教 「生きている者の神」 林巌雄牧師
☆ 讃美歌 こども54、21-8、21-506、21-392、一編539
☆ 9:30am 聖書の学び 10:00am 中高生礼拝
☆ 礼拝後:祈祷会、キリスト教を学ぶ会

報   告
☆本日は召天者記念礼拝です。天におられる方々の平安を祈り、天の方々とわたしたちが結ばれていることを神さまに感謝いたしましょう。
☆12月24日のクリスマス礼拝で洗礼を受けようと思う方は牧師にご相談ください。
☆1981年に発行された「蒲田教会再建30周年記念誌」のコピーが必要な方は、掲示板の用紙にお名前をお書きください。
☆次週、11月12日の12時15分くらいより「キリスト教を学ぶ会」があります。テーマは「主の祈り」です。ぜひ、ご参加ください。


これからの主な予定 11月19日 マリアの会、オリーブの会 
11月26日 アドベント準備

先週集会報告 礼拝(29日)30名   中高生礼拝(29日)2名 
聖書の学び(29日)5名  聖書と祈りの会(1日)4名  土曜夕礼拝(28日)7名

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負けないいのちの詩68    「主よ、どうか、滅びゆく民をお救いください」 [負けないいのちの詩]

負けないいのちの詩68   
「主よ、どうか、滅びゆく民をお救いください」

主なる神よ、あなたは
虐げられる民を
いくどもいくども
解き放って来られました

けれども、われらは今
滅びの道を再び歩み
止めることができません

主よ、どうか
滅びゆく民をお救いください

あなたとともに歩んできた
われらの天上の先達を想い起こし
われらの頑迷と背信と罪悪を
ただしてください

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2017年10月29日 [説教動画]

2017年10月29日  主日礼拝 マルコ10:2-12 説教「規則にまさる愛」 林巌雄牧師 
https://www.youtube.com/watch?v=gPhul7LG0nM
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聖書の話を身近な経験に置き替えてみました(74)「規則ではなく、神の愛こそが、人と人を大切に結び合わせます」 [聖書の話を身近な経験に置き替えてみた]

聖書の話を身近な経験に置き替えてみました(74)「規則ではなく、神の愛こそが、人と人を大切に結び合わせます」

 「勉強したか」と子どもたちに聞くと「したよ」と答えますが、教科書を眺めているだけでは、じつは勉強をしたことにはなりません。英語の綴りや基本用語など覚えるべきものは覚える、数学なら学んだ公式や定理を利用して問題が解けるようになる、そして、それらが身に付いているかチェックする、そこまで誠実にやらなければ、本当に勉強したことにはならないでしょう。

 仕事も同じです。職場で時間を過ごすだけでなく、心を込めて丁寧に取り組まなければ、したことにはならないような仕事があります。出勤したということと仕事をしたということは、まったく別のことがらです。

 離婚をするとき、形の上では双方が合意してハンコを押したとしても、たとえば、妻の方の今後の生活がなりたたなければどうでしょうか。ちゃんと納得してハンコを押したから何も問題はない、ですまされるでしょうか。

 新約聖書によりますと、イエスは「離縁状さえ書けば離縁しても構わない」という考え方を戒めました。たしかに、離縁され今は誰の妻でもないということを証明する離縁状がないと女性は再婚することができませんでした。おそらく、当時は、夫の身勝手で棄てられた女性は、再婚する以外に衣食住を確保することが困難だったのではないでしょうか。そして、離縁状があれば再婚の道が開かれます。

 けれども、じっさいは、すぐに再婚相手が見つかるわけではないでしょうし、再婚に頼らなければ生きていけない状態にして放り出すことにも問題があるのではないでしょうか。離縁状を書いたからそれでいいじゃないかは、あまりにも不誠実です。

 結果的に別れることになるとしても、おたがいに誠実に話し合い、なっとくしあい、女性がこれから生きていく道を保証することが必要なのではないでしょうか。

 イエスは離縁状をもたせれば離縁できるという規則を批判しました。さらには、規則よりも大切なものがある、それは、人と人を結び合わせる神の愛だ、と言うのです。

 ただし、それは、神が結び合わせたから離婚をしてはならないということではなく、人と人との間には神の愛があるのだから、人を気にいらなくなったら捨て去るような扱いをしてはならない、たとえ離婚をするにしても、神の愛があいだにあることをつねに意識しながら、相手を大切にし続けなければならない、というメッセージをわたしたちは汲み取るのが良いと思うのです。

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