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2018年5月13日 [週報]

2018年5月13日   復活節第7主日          No.7

前   奏   
招きの言葉
讃 美 歌  こども110
主の祈り    (お手元のクリアファイルをごらんください)
聖   書   ヨハネによる福音書17:1-13 (新約p.202)
子ども説教   
捧げもの(こどもたち)
讃 美 歌  こども24-1「いまそなえる」
祝   福
詩編交読   詩編82編
讃 美 歌   21-53
信仰告白   (お手元のクリアファイルをごらんください)
祈   祷
説   教   「自分の源につながる」 林巌雄牧師
今週の祈り
讃 美 歌   21-416
献   金
祈   祷
讃 美 歌   21-543
頌   詠   一編 539
祝   祷
後   奏
報   告       

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
本日の集会: 7:00am 開堂 7:30am 朝礼拝 9:30am 聖書の学び 
10:00am 中高生礼拝 礼拝後:讃美歌練習(こども93、21-54、21-542)、祈祷会、キリスト教を学ぶ会12:15~

今週の集会 聖書と祈りの会 水曜日 7:00pm  土曜夕礼拝 7:00pm 

来週の主日礼拝 5月20日(日)  聖霊降臨日(ペンテコステ)  
☆ 聖書 使徒言行録2:1-11 詩編84編
☆ 説教 「神はひとりひとりに」 林巌雄牧師
☆ 讃美歌 こども93、21-54、21-417、21-542、一編539
☆ 9:30am 聖書の学び 10:00am 中高生礼拝
☆ 礼拝後:愛餐会、マリアの会、オリーブの会

報   告
☆本日、12時15分より「キリスト教を学ぶ会」を開きます。キリスト教や信仰についてやさしく学びたい方は、ぜひご参加ください。
☆本日13時から、礼拝堂と奥の小部屋ふたつと廊下のワックス塗りを行います。五十代以下の方、数人のご協力をお願いいたします。前半終了後、乾くのを待つ間、昼食をとり、後半の作業に入ります。15時には終了予定です。
☆5月27日の正午くらいから教会協議会を開催します。2018年度聖句とテーマについて学び、また、再建70年事業について話し合いたいと思います。ぜひご参加ください。


これからの主な予定  6月3日 聖餐式、役員会(教会運営委員会)
6月10日 祈祷会   6月17日 マリアの会、キリスト教を学ぶ会

先週集会報告 礼拝(6日)40名   中高生礼拝(6日)3名 
聖書の学び(6日)5名  聖書と祈りの会(9日)5名  土曜夕礼拝(5日)5名

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《創造者に導かれる旅》その82 「十戒は、神のみを、そして、神とのつながりに基づいた隣人関係=愛のみを、真の頼みとする生き方をもたらしてくれます。」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》その82 「十戒は、神のみを、そして、神とのつながりに基づいた隣人関係=愛のみを、真の頼みとする生き方をもたらしてくれます。」

出エジプト記20:14 姦淫してはならない。20:15 盗んではならない。20:16 隣人に関して偽証してはならない。
20:17 隣人の家を欲してはならない。隣人の妻、男女の奴隷、牛、ろばなど隣人のものを一切欲してはならない。

※十戒の前半部分は、ただ神のみを根本の支えとすべきことが唱えられています。後半は、12節の「あなたの父母を敬え」、13節の「殺してはならない」を含み、隣人を侵害せず、大事にすべきことを求めています。これは、他者を殺すな、盗むな、他者を尊重せよ、誠実であれ、ということでしょう。姦淫はパートナーへの、また、姦淫相手への不誠実であり、軽視であり、信頼を奪うことであり、たましいを殺すことではないでしょうか。あるいは、お金や財産や地位や名誉や人間関係を根本の支えとしてしまうことが偶像礼拝であるように、姦淫も滅びにつながるものへの依存ではないでしょうか。旧約聖書で偶像崇拝が姦淫にたとえられますが、言い換えれば、姦淫は偶像崇拝に匹敵するものなのです。十戒は、神のみを、そして、神とのつながりに基づいた誠実な隣人関係=愛のみを、真の頼みとする生き方をもたらしてくれます。

今週の祈り「神さま、あなたを離れようとしてしまうたましいを、祈りへと呼びもどしてくださり、心より感謝いたします。神さま、子どもたちとご家族をお守りください。神さま、この国のおとなたちに誠実な精神と言動をもたらしてください。神さま、病気やお金、家族、人間関係で傷み苦しんでいる人びとをあなたのまことでお慰めください。神さま、わたしたちの言葉と行いに、わたしたちのあいだに、愛をみなぎらせてください。主イエス・キリストのお名前によって、この祈りをおささげいたします。アーメン」

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「わたしたちは神さまとイエスさまから栄養をいただいています」 [こども説教]

子ども説教20180513  ヨハネによる福音書17:1-13

「わたしたちは神さまとイエスさまから栄養をいただいています」

 皆さん、おはようございます。皆さんはおかあさんのお腹の中にいたときのことを覚えていますか。おかあさんのお腹の中にいたとき、わたしたちは、へその緒という管で、ホースみたいなもので、おへそからおかあさんにつながっていたのです。そして、その管を通して、おかあさんから、栄養を受け取って、生きていたのです。

 ところが、今はもう、へその緒ではおかあさんとはつながっていません。心ではつながっていますが、へその緒ではつながっていません。心の栄養は、いまでもおかあさんからいただくことはできますが、体の栄養は、食べ物や飲み物を通していただいています。もちろん、おかあさんが用意してくださった食べ物を通していただく場合も多いのですが。

 それだけではありません。じつは、わたしたちは、今、神さまとイエスさまからも、栄養をいただいています。それは、たましいの栄養、いのちの栄養です。わたしたちは、礼拝に来たり、聖書を読んだり、お祈りをしたりしながら、じつは、神さまとイエスさまから、たましいの栄養、いのちの栄養をいただいているのです。
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「女性や子どもを虐げてはならない」 [負けないいのちの詩]

負けないいのちの詩85

「女性や子どもを虐げてはならない」

捕虜にした美しい女性に
心を引かれても
勝手に妻にしてはならない
十分なものを持たせ
帰らせなければならない
お金で売ってはならない
奴隷にしてはならない

誰との間の子であっても
皆等しく扱わなくてはならない
憎む者との間の子であっても
ひどい仕打ちをしてはならない

あなたの子どもがたとえ
わがままで、反抗し
言うことを聞かなくても
放蕩にふけっても
大酒飲みでも
石を投げつけて殺してはならない

(申命記21:10-21)

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2018年5月6日 [説教動画]

2018年5月6日 主日礼拝 説教「イエスとの永遠の再会」

https://www.youtube.com/watch?v=o8iclOtU4E4
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 「あなたは、罰を受けているのではなく、愛されているのです」 [中高生向けのお話]

中高生礼拝 20180506 ヨハネ9:1-7 p.184 
 「あなたは、罰を受けているのではなく、愛されているのです」
 
 皆さん、おはようございます。今読んだ聖書には、目の見えなかった人がイエスさまによって目が見えるようになった、という不思議なことが書かれていました。
 
 それから、もうひとつ、不思議と言うか、わたしたちには首をかしげてしまいそうな言葉が出てきました。それは、イエスさまの弟子たちの言葉です。
 
 生まれつき目の見えない人を見て、弟子たちはイエスさまにこのように尋ねたのです。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」
 
 「ラビ」とは「先生」という意味です。イエスさまは今から二千年前ユダヤというところにおられたのですが、その時代の人びとは、目が見えない人は神様から罰を受けているからだ、と考えていました。そして、弟子たちは、この人が罰を受けて目が見えないのは、この人が罪を犯したのか、それとも、両親が罪を犯したせいなのか、イエスさまに尋ねました。
 
 しかし、イエスさまは「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである」とお答えになられました。
 
 けれども、これは、神さまはこの人に何かをするためにわざわざ生まれつきこの人の目を見えないようにした、ということではないと思います。むしろ、イエスさまは、あなたたちはこの人は神さまから罰を受けているなどと考えているが、そうではない、神さまは、生まれつき目が見えないこの人に罰を与えたどころか、むしろ、目が見えないせいで罰を受けているなどという悪口を言われているこの人を、神さまは愛しておられる、と言いたいのではないでしょうか。神さまがこの人の目を見えなくしたのではない。あなたたちは、目が見えないからとこの人を悪く言うが、神さまはそんなことをなさらない、神さまは、むしろ、この人を愛しておられるのだ、とイエスさまは言っておられるのではないでしょうか。
 
 さて、この人は目が見えるようになって、どこかへ帰って行きました。この人は目が見えるようになってとてもうれしかったと思います。けれども、それだけではないでしょう。これまで、まわりの人からは神さまから罰を受けているのだなどと悪口を言われてきたけれども、イエスさまが教えてくださったように、本当は神さまは罰など与えず、自分を愛してくださっておられるのだ、ということがわかって、それもとてもうれしかったことでしょう。神さまから愛されていることがわかったことは、目が見えるようになったことと同じくらい、うれしいことだったと思います。
 
 わたしたちも、同じように、神さまから罰を受けているのではなく、神さまから愛されていることに気が付きたいと思います。
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「さようならは、その人との再会のはじまりです」 [聖書の話を身近な経験に置き替えてみた]

聖書の話を身近な経験に置き替えてみました(84)

「さようならは、その人との再会のはじまりです」

 「さようなら」は別れの言葉ではなくて、いつかはわからないけれども、もういちど会える日が来るという希望。また逢う日を想いつつ、別れる。

 これは、ひょっとしたら、日本のポピュラー・ソングだけが独占しているテーマではないかもしれません。別れには、二度と会わない別れだけでなく、再会を約束したり、予期したり、希望したりする別れもあることは、いにしえから各地の人びとが経験してきたことでしょう。

 天に帰っていった人々との再会は、じつは、珍しいことではありません。教会でオルガンを聞けば、わたしたちはバッハとの逢瀬を享受することができます。古い文庫本を開けば、賢治の「どっどど どどうど どどうど どどう」と共振することができます。

 芸術家ばかりではありません。無名の親しい人が遺した手紙や原稿用紙のインクの文字を目にするとき、あるいは、本棚やレコード棚を眺めるとき、わたしたちはその人たちと一時をともに過ごしているのです。いや、ただ目を閉じ、その人を想うだけで、そこは再会の場所になります。

 あの人たちの、そしてわたしたちの精神は、別れによってゼロになるのではなく、むしろ、純化され、浮き彫りになって来るでしょう。むろん、深みも増していくのですが。

 新約聖書によれば、十字架の死によって弟子たちと別離する前に、イエスは弟子たちにこう語りました。イエスのこころを携え、それを伝える、ある存在が、弟子たちを訪れる、と。

 イエスはそれを「真理の霊」あるいは「聖霊」と呼びました。けれども、それは幽霊でもオカルトでも怪奇現象でもありません。むしろ、「おじいちゃんは死んでしまったけれども、いつでも一緒にいてくれる」という事態に近いものでしょう。

 イエスはこうも言いました。もうすぐ(十字架で死んでしまって)わたしの姿は見えなくなるが、しばらくすると、また、会うことができるよ、と。

 ただし、おじいちゃんは限られた人数のおじいちゃんなのですが、再会のイエスはすべての人のイエスなのです。それゆえに、キリストという救い主の称号を与えられたのです。

(ヨハネ16:12-24)

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2018年5月6日 [週報]

2018年5月6日   復活節第6主日          No.6

前   奏   
招きの言葉
讃 美 歌  こども109
主の祈り    (お手元のクリアファイルをごらんください)
聖   書   ヨハネによる福音書16:12-24 (新約p.200)
子ども説教   
捧げもの(こどもたち)
讃 美 歌  こども24-1「いまそなえる」
祝   福
詩編交読   詩編81編
讃 美 歌   21-51
信仰告白   (お手元のクリアファイルをごらんください)
祈   祷
説   教   「イエスとの永遠の再会」 林巌雄牧師
今週の祈り
5月の誕生者・召天者を覚えての祈り
献   金
祈   祷
転 入 式
讃 美 歌   21-72
聖 餐 式
讃 美 歌   21-416
頌   詠   一編 539
祝   祷
後   奏
報   告       

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本日の集会: 7:00am 開堂 7:30am 朝礼拝 9:30am 聖書の学び 
10:00am 中高生礼拝 礼拝後:愛餐会、役員会(教会運営委員会)

今週の集会 聖書と祈りの会 水曜日 7:00pm  土曜夕礼拝 7:00pm 

来週の主日礼拝 5月13日(日)  復活節第7主日  
☆ 聖書 ヨハネ17:1-13 詩編82編
☆ 説教 「自分の源につながる」 林巌雄牧師
☆ 讃美歌 こども110、21-53、21-416、21-543、一編539
☆ 9:30am 聖書の学び 10:00am 中高生礼拝
☆ 礼拝後:祈祷会(礼拝終了後)、キリスト教を学ぶ会(12時15分~13時) 

報   告
☆次週、12時15分より「キリスト教を学ぶ会」を開きます。キリスト教や信仰についてやさしく学びたい方は、ぜひご参加ください。
☆次週13時から、礼拝堂と奥の小部屋ふたつと廊下のワックス塗りを行います。五十代以下の方、数人のご協力をお願いいたします。前半終了後、乾くのを待つ間、昼食をとり、後半の作業に入ります。15時には終了予定です。

これからの主な予定 5月20日 ペンテコステ、マリアの会、オリーブの会  
5月27日 教会協議会 2018年度聖句、テーマについて

先週集会報告 礼拝(29日)37名   中高生礼拝(29日)3名 
聖書の学び(29日)6名  聖書と祈りの会(2日)5名  土曜夕礼拝(28日)6名

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《使徒書の御言葉》その82「神さまは、わたしたちが愚かと思うやり方で救ってくださいます」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その82「神さまは、わたしたちが愚かと思うやり方で救ってくださいます」

コリントの信徒への手紙一1:18 十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。

※イエス・キリストの十字架についての聖書の言葉や教会で語られることは、いまでこそ、わたしたちを決定的に救ってくれるものとして、ひじょうに慕わしく思われますが、十字架は本来、重罪人が受ける死刑の道具でした。絞首台や電気椅子で殺される人についての話は、わたしたちは「愚か」とは言い表さなくても、悲惨なもの、遠ざけたいものと感じ、そこに「神の力」を見出すことなどとうていありえないのではないでしょうか。それなのに、パウロはなぜ、十字架で処刑されたイエスについての話を「神の力」と言い、「救い」と結びつけるのでしょうか。聖書を読み方のポイントのひとつは、常識や一般的考えとは、正反対の価値観を受け取ろうとすることです。十字架という滅びこそが救いであり神の力であることを、パウロはこれからこの手紙で展開していくのです。

今週の祈り「神さま、祈りを忘れたわたしたちを祈りへと連れ戻してくださり、まことにありがとうございます。神さま、あなたのみ言葉とあなたとの祈りを、わたしたちの土台とし、最優先のものとさせてください。神さま、心が押しつぶされたり、体が悲鳴をあげたりしている友に、どうぞ、あなたの癒しの御手をあててください。神さま、自分の思いではなく、あなたの救いの言葉に耳を傾ける者にしてください。目の前にいる人の気持ちに心を配りながら、言葉を発したり、行動したりすることができる者にしてください。あなたに愛されているという思いと、隣人を愛そうという思いで、わたしたちを満たしてください。主イエス・キリストのお名前によって、この祈りをおささげいたします。アーメン」

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「神さまはわたしたちを花のように咲かせてくださいます」 [こども説教]

子ども説教20180506  ヨハネによる福音書16:12-24

「神さまはわたしたちを花のように咲かせてくださいます」

 皆さん、おはようございます。教会の庭に花がいくつも咲いています。花はとても美しいですよね。

 では、花はどうしてあんなに美しく咲くのでしょうか。それは、太陽の光を浴びたり、葉っぱで息をしたり、根っこから水や栄養を吸い上げたりしているからです。

 でも、それだけではありません。花は、目には見えない神さまの力を受けて、美しく咲いているのです。神さまは、花を美しく咲かそう、花を大切に咲かせたいというお心を持っておられます。そのお心を愛と言います。そういう神さまのお心を受けて、花は美しく咲いているのです。
 
 わたしたち人間も同じです。わたしたちは、食べ物や飲み物をとって生きていますが、それだけではありません。じつは、目に見えない神さまの愛を受けて、わたしたちは生きているのです。

 神さまは、わたしたちを花のように育てよう、花のように咲かせようというお心をわたしたちに送ってくださり、わたしたちは、こうして生きているのです。

 この神さまのお心、神さまの愛のことを、聖霊とか真理の霊とか言うのですが、それは、また、今度お話します。
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