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《使徒書の御言葉》その80「人間の強い思いではなく、神さまの愛に基づいた教会になることを祈り求めましょう」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その80「人間の強い思いではなく、神さまの愛に基づいた教会になることを祈り求めましょう」

コリントの信徒への手紙一1:10 さて、兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストの名によってあなたがたに勧告します。皆、勝手なことを言わず、仲たがいせず、心を一つにし思いを一つにして、固く結び合いなさい。

※まずは、牧師や教師、長や上司が「勝手なことを」言ってはなりません。自分に都合の良いことを言ったり、自分の思いつきや意見を押し付けたりしてはなりません。メンバーは、自分の考えを自由に述べてよいのです。ただし、自分とは違う他の人の意見にも耳を傾け、自分の意見を引っ込めたり変えたりする柔軟性が必要です。「勝手なことを言わず、仲たがいせず、心を一つにし思いを一つにして、固く結び合う」とは、誰かの強い意見に押さえつけられてしまうことではなく、イエスさまならどうするか、神さまの愛に基づくならどうするか、信仰に根ざして、祈り合いながら、考えたり、行動したりすることなのです。誰かの強い意見を通すことではなく、神さまの愛に従おうとすることなのです。そういう意味で、わたしたちは、「勝手なことを言わず、仲たがいせず、心を一つにし思いを一つにして、固く結び合う」教会になることを切望し、切に祈りたいと思います。

今週の祈り「大地から芽を呼び出し、つぼみから花を開かせる神さま、わたしたちも孤独から祈りへとお招きくださり、まことにありがとうございます。神さま、人びとの心と体を、どうぞ、お癒しください。寄り添う人びとをあなたがお支えください。力をお与えください。見えないところに道を切り開いてください。神さま、わたしたちが教会でも世界でも愛において行動することができますように。主イエス・キリストのお名前によって、この祈りをおささげいたします。アーメン」

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《創造者に導かれる旅》その79 「安息とは、神さまにいのちを与えられ、養われ、支えられて生きることです」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》その79 「安息とは、神さまにいのちを与えられ、養われ、支えられて生きることです」

出エジプト記 20:8 安息日を心に留め、これを聖別せよ。

※創世記によりますと、神はわたしたちの生きる世界を創造してくださったあと、第七の日は、安息なさいました。「第七の日を神は祝福し、聖別された」(創世記2:3)。これは、わたしたち人間からすれば、神さまがわたしたちとこの世界を創造してくださったことを思い起こし、神さまを賛美し、祈ることにささげる日でありましょう。そして、そのように過ごすことが、わたしたちの安息になることでしょう。他方、申命記によりますと、この日は、かつてエジプトで奴隷であったイスラエルの人々が神さまによって救い出されたことを思い起こす日です。わたしたちは、神さまによって創造され、生きるための世界を創造していただき、また、今日まで助けられ、支えられ、救われ、生きてきました。安息日は神さまのその恵みを深く感じるための日です。聖書の時代にしたがえば、安息日は、金曜日の日没から土曜日の日没にあたりますが、神さまがわたしたちにいのちを与えてくださり、そのいのちを今も養い支えてくださることを思い起こし、その恵みに浴するならば、わたしたちはいつでも安息日を生きているのです。

今週の祈り「神さま、苦しむわたしたちを、あなたに祈る安息へとお招きくださり、まことに、ありがとうございます。あなたは、十字架で苦しみ葬り去られたイエス・キリストを、闇から光へと、地底から地上へと、死から復活へと引き上げてくださいました。わたしたちもまた、苦しみから救いへと、苦しみのただ中での救いへと、引き上げていただく希望をいただき、心から感謝を申し上げます。神さま、わたしたちを復活の喜び、復活の平安、復活の安息で満たしてください。主イエス・キリストのお名前によって、この祈りをおささげいたします。アーメン」

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《使徒書の御言葉》その79「神さまの恵みを知ることもまた、神さまの恵みによります」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その79「神さまの恵みを知ることもまた、神さまの恵みによります」

コリントの信徒への手紙一1:4 わたしは、あなたがたがキリスト・イエスによって神の恵みを受けたことについて、いつもわたしの神に感謝しています・・・・・
1:9 神は真実な方です。この神によって、あなたがたは神の子、わたしたちの主イエス・キリストとの交わりに招き入れられたのです。

※わたしたちは神さまの恵みをどのように受けているのでしょうか。それはイエス・キリストを通してです。神さまがわたしたちとともにおられることを、イエスさまは、言葉を通してわたしたちに気付かせ、病気や障がいの癒しや食卓のわかちあいを通して実感させてくださいます。このイエスさまを通してわたしたちは神さまがともにいてくださる恵みを受け取りますが、同時に、神さまによってこのイエスさまとの出会いに導かれます。わたしたちは自分でキリストを見出したのではなく、神さまによってそうさせていただくのです。つまり、わたしたちが神さまの恵みを受けていることを知ることも、また、神さまの恵みによるのです。それが、神さまのわたしたちへの誠実さであり、真実なのです。

今週の祈り「神さま、わたしたちは苦しんでいますが、わたしたちとともに苦しんでくださるキリストを通して、あなたに祈ることを許され、心より感謝いたします。神さま、キリストがそうなさったように、わたしたちも避けられない苦しみを引き受けて、キリストとともに苦しみの道を歩き抜くことができますようにお導きください。神さま、わたしたちを語る者から聞く者へと作り変えてください。あなたのみ言葉と隣人の声に耳を傾ける者にしてください。神さま、真昼の闇を歩く友を、どうぞ、お支えください。お救いください。主イエス・キリストのお名前によって、この祈りをおささげいたします。アーメン」

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《創造者に導かれる旅》その78 「神さまには誠実に向き合いましょう」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》その78 「神さまには誠実に向き合いましょう」

出エジプト記 20:7 あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。みだりにその名を唱える者を主は罰せずにはおかれない。

※「みだりに」を辞書で調べますと「むやみに、わけもなく、勝手に」とあります。ヘブライ語では「むなしく」という意味があるそうです。「神さま、一万円札が道路に落ちていますように」などと何でもかんでもの神頼みになったり、神さまを持ち出して自分の言動を正当化したりするようなことが戒められているのではないでしょうか。神さまに親しむことと軽はずみに神さまを持ち出すこと、切迫したときに神さまに助けを求めることとなんでも「神さまお願い」とすることは、まったく別のことです。わたしたちは、神さまを大切にし、誠実に向き合いたいと思います。神さまご自身が、わたしたちを大切に創造してくださり、わたしたちを救うという御心にどこまでも誠実でいてくださるのですから。

今週の祈り「神さま、自分一人では耐えがたいようなことがあっても、あなたは、わたしたちを祈りへと導いてくださいます。まことにありがとうございます。神さま、どうぞ、避けようのない苦しいことがあっても、キリストがわたしたちの苦しみをわかってくださり、ともに苦しんでくださることを思い、道を歩み続けさせてください。神さま、この国の政治に公正が取り戻されますように。政治によって人びとが苦しめられませんように。神さま、この国が近隣の諸国と真の平和を求めることができますように。神さま、思い悩む若い人びとを、あなたがしっかりと支え、まっすぐに導き、前方に広い道をお創りください。苦しんでいる人びとを、どうぞ、あなたがお救いください。主イエス・キリストのお名前によって、この祈りをおささげいたします。アーメン」

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《使徒書の御言葉》その78「神さまとイエスさまから、恵みと平和があなたにありますように」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その78「神さまとイエスさまから、恵みと平和があなたにありますように」

コリントの信徒への手紙一1:3 わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。

※神さまからの恵みと平和とはどのようなものでしょうか。ある人は、このようなことを思い浮かべるかも知れません。生かされていること、生活ができていること、健康であること、幸せを感じていること、心穏やかであること、戦争が起こっていないこと、苦しみがあまりないこと。またある人は、神さまがともにいてくださること、神さまから無償の愛を受けていること、神さまがわたしと平和な関係でいてくださることを思うかもしれません。これらのものは、ひとつは、父なる神さまとイエスさまがわたしたちにあたえてくださったものだ、と手紙の主であるパウロは述べています。パウロは、さらに、それが自分だけでなく、手紙の読者である「あなたがたにあるように」と祈ります。神さまとイエスさまからの恵みと平和があなたにありますように。わたしたちは、まわりの人びとに向けてつねにこの思いを持ちたいと思います。

今週の祈り「神さま、心を乱し、疲れてしまったわたしたちを、あなたに祈る平安へとお招きくださり、まことにありがとうございます。神さま、心や体に苦しみを抱えている友を、どうぞ、あなたがお癒しください。誰かの痛みに寄り添おうとしている友に、まず、あなたが寄り添ってください。神さま、若い方々の前に、あなたが道を切り開き、お導きください。神さま、苦しい道を歩いている方々が、それを乗り越えることができますように、あなたがともにお歩きください。主イエス・キリストのお名前によって、この祈りをおささげいたします。アーメン」

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《創造者に導かれる旅》その77 「神さまを信頼し、委ねていけるように、つねに、祈り、つねに求めましょう」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》その77 「神さまを信頼し、委ねていけるように、つねに、祈り、つねに求めましょう」

出エジプト記 20:4 あなたはいかなる像も造ってはならない。上は天にあり、下は地にあり、また地の下の水の中にある、いかなるものの形も造ってはならない。

※お金、地位、名誉、健康、人間関係、お酒、所有物。わたしたちは、ときに、これらのものを自分の根本の支えにしてしまうことがあります。たしかに、お金に余裕があれば、気分は安定します。いくつかの心配事もまぎれてしまいます。けれども、これらのものは永遠ではなく、あるときもあれば、ないときもあります。なければ不安になり、ますます欲しくなりますが、不安なわたしたちを根本で支えてくれるものは、いや、そうしてくださるお方は神さまひとりです。偶像崇拝とは、神さま以外のものを、もっとも大きな支えにしてしまうことです。けれども、そうしてはならない、と神さまご自身が教えてくださいます。わたしたちをすでに愛してくださっておられる神さまを信頼し、わたしたちの人生を委ねていけるように、わたしたちはつねに祈りながら求めていきたいと思います。

今週の祈り「神さま、思い煩うわたしたちを、静かな祈りへとお招きくださり、まことにありがとうございます。神さま、み言葉に『わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した』とあるように、あなたは、すでにわたしたちを救ってくださいました。あなたの愛のもとにおいてくださいました。わたしたちは、それに感謝して、少しでも、隣人を愛し、赦し、見舞い、仕えることができるように、祈りながら、道を求めさせてください。あなたが導いてください。神さま、体のことで苦しんでいる方々、その傍らにいる方々をお支えください。悩みつつも求める人の前に、どうぞ、道を切り開いてください。主イエス・キリストのお名前によって、この祈りをおささげいたします。アーメン」

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《使徒書の御言葉》その77「聖でない者が神さまに招かれて聖なる者とされました」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その77「聖でない者が神さまに招かれて聖なる者とされました」

コリントの信徒への手紙一1:1 神の御心によって召されてキリスト・イエスの使徒となったパウロと、兄弟ソステネから、1:2 コリントにある神の教会へ、すなわち、至るところでわたしたちの主イエス・キリストの名を呼び求めているすべての人と共に、キリスト・イエスによって聖なる者とされた人々、召されて聖なる者とされた人々へ。イエス・キリストは、この人たちとわたしたちの主であります。

※パウロは自分で使徒になったのではなく、神さまに「召された」のです。そして、この手紙を受け取るコリントの教会の人びとも自分で信徒になったのではなく、「キリスト・イエスによって」「召されて聖なる者とされた」のです。さらには、「聖なる者」という意味も、その人が清いということではなく、聖なる神さまに招かれた、ということであり、その人自身が自分でもっている何かについて言っているのではないのです。むしろ、この章の後半にあるように「無力な者」「無に等しい者」(27-28節)を、神が招いたのです。そういう人を「召されて聖なる者とされた」と言うのです。

今週の祈り「神さま、静かな祈りのときに、こうしてお招きくださり、まことにありがとうございます。神さま、わたしたちに取りつき、わたしたちが自分で追い出せないものを、敵意を、不安を、恐れを、絶望を、強欲を、どうぞ、あなたが追い払ってください。あなたがそうしてくださると信じて、また、イエスさまが苦しみと闘われたことを偲んで、わたしたちもこれらからできるだけ遠ざかることができますように。神さま、世界に争いではなく平和を、村や町に敵意ではなく和解をもたらしてください。神さま、仕事や勉強、生活において、どうぞ、道を切り開いてください。わたしたちのあなたへの信頼と委ねを深めてください。主イエス・キリストのお名前によって、この祈りをおささげいたします。アーメン」

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《創造者に導かれる旅》その76 「神さま以外のものを根本の支えにしてはなりません」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》その76 「神さま以外のものを根本の支えにしてはなりません」

出エジプト記 20:3 あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。

※わたしたちは、自分の人生をよいものにしようとして、健康を心掛けたり、収入を確保しようとしたり、学歴や地位を得ようとしたり、人脈を大事にしたり、知識や知恵を身につけようとしたりします。これら自体は悪いことではなく、頼りになることもよくありますが、絶対的なものではありません。あたかも神さまにすがるようにこれらにすがることがあってはなりません。小さな支え、その場限りの支えはありますが、神さま以外のものを根本の支えにしてはなりません。小さな支えが与えらえることもありますが、たとえそれが不確かでも、神さまが支えてくださる、神さまが何とか道を切り開いてくださる、と神さまを絶対的に信頼できるように祈り求めたいと思います。

今週の祈り「わたしたちの根本の支えである神さま、荒れ野の中でも、わたしたちを祈りへと招いてくださり、心より感謝申し上げます。神さま、近隣の諸国が、おたがいに聞き合い、理解しあい、ともに平和を祈り求めることができますように。神さま、若い人びとのために、あなたが道となり、真理となってくださいますように、お願いを申し上げます。神さま、高齢の方々の一日一日をあなたがお守りください。それを支える家族をもあなたの御手でお支えください。神さま、わたしたちを打ち砕いて、自分の罪を告白し、人を愛し、人を赦す者へと造り替えてください。主イエス・キリストのお名前によって、この祈りをおささげいたします。アーメン」

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《使徒書の御言葉》その76「神さまはイエス・キリストを通して、うれしい知らせをわたしたちにもたらしてくださいます」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その76「神さまはイエス・キリストを通して、うれしい知らせをわたしたちにもたらしてくださいます」

ローマの信徒への手紙16:25 神は、わたしの福音すなわちイエス・キリストについての宣教によって、あなたがたを強めることがおできになります。この福音は、世々にわたって隠されていた、秘められた計画を啓示するものです。16:26 その計画は今や現されて、永遠の神の命令のままに、預言者たちの書き物を通して、信仰による従順に導くため、すべての異邦人に知られるようになりました。

※福音とは「神さまがわたしたちと一緒にいてくださる」といううれしい知らせのことです。これは、創世記から始めて預言者にいたる旧約聖書の各書にも記されていますが、イエス・キリストを通して、明るみに出ました。なぜなら、イエス・キリストは、神さまがわたしたちとともにいてくださるインマヌエルのお姿だからです。聖書を読むひとつのコツは、どの箇所でも「神さまがともにいてくださるといううれしい知らせ」を見つけようとすることです。聖書は、金太郎飴のように、どこを切っても、インマヌエル(「神がともにおられる」)というメッセージが散りばめられています。

今週の祈り「神さま、嵐の中で、祈りへと招いてくださり、心から感謝申し上げます。わたしたちの乱れる心を、どうぞ、シャローム(平安)で満たしてください。神さま、わたしたちに和解をもたらせてください。恐れを信頼に変えてください。神さま、わたしたちの家族をあなたの御手でお癒しください。家族に寄り添う者も、あなたの強い御手でお支えください。神さま、若い人びとの前に広い道を切り開いてください。主イエス・キリストのお名前によって、この祈りをおささげいたします。アーメン」

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《創造者に導かれる旅》その75 「戒めよりも先に神さまの救いがあります」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》その75 「戒めよりも先に神さまの救いがあります」

出エジプト記 20:2 「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。

※「十戒」はこの言葉から始まります。この言葉は戒めではなく、神さまの自己紹介です。そして、神さまがイスラエルの人びとを奴隷の地から救い出したことが述べられています。つまり、戒めを守った人びとが神さまによって救われたのではなく、神さまによって救われた人びとに戒めが与えられたのです。わたしたちは神さまの意に添うことをすれば救われ、意に添わないことをすれば救われないと考えがちですが、そうではないのです。神さまは、エジプトで奴隷にされていたイスラエルの人びとの苦しみを見たゆえに、救い出されたのです。戒めを守っていたからではないのです。戒めよりもさきに神さまの救いがある、この順序が非常に大切です。

今週の祈り「神さま、祈りの道へとお導きくださり、心より感謝を申し上げます。神さま、やりたいことをやる勇気、それを続けられる体力、精神力をお与えください。神さま、一歩前に進もうとする友を支え、その前に道を切り開いてください。神さま、闇の中にある友を、あなたがともしびとなって、照らしてください。神さま、あなたを信頼する者へと、暴言、暴力を手放す者へと、相手の気持ちをつねに考える者へと、わたしたちを成長させてください。主イエス・キリストのお名前によって、この祈りをおささげいたします。アーメン」

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