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《使徒書の御言葉》その54「神さまの愛に感謝しつつ、自分も人を愛せますようにと心の奥で祈り続けることこそが神さまへのささげものです」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その54「神さまの愛に感謝しつつ、自分も人を愛せますようにと心の奥で祈り続けることこそが神さまへのささげものです」

ローマの信徒への手紙12:1 こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。

※わたしたちは神さまに無条件で愛されているのですから、それへの感謝の気持ちとして、少しでも隣人を愛することができるように祈りたいと思います。隣人を愛することは難しいのですが、そうさせてくださいと祈りたいと思います。自分の考えとは違っても、少しでも相手の気持ちを汲み、それを尊重するような姿勢で、自分以外の人びとと交わることができますようにという祈りを持ちたいのです。「自分の体」、自分の思いだけにこだわるのではなく、相手のことを想い、相手を大切にしたいと祈るのです。そのような祈りに基づいた生き方、いや、そのような生き方を慕う、目に見えない通底の祈り、根本姿勢こそが「なすべき礼拝」であり「聖なる生けるいけにえ」ではないでしょうか。

今週の祈り「神さま、わたしたちは人間や組織の頑なな姿勢や配慮のない態度に深く傷つき、幾日も苦しみ続けます。けれども、神さま、そのようなときも、あなたは祈りに招いてくださいます。心より感謝申し上げます。神さま、傷ついた心と体をお癒しください。体調が良い方向に向きますように。神さま、礼拝や聖書の学びや祈りをこれからも積み重ねていくことができますように。神さま、高齢の家族が一日一日をおだやかに過ごすことができますように。遠方の悩める友をどうぞお救いください。神さま、わたしたちの振り上げた剣を鋤(すき)にうち変えてください。イエス・キリストとともにあなたを仰ぎつつ、このお祈りをおささげいたします。アーメン」

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《創造者に導かれる旅》その54「神さまはわたしたちの苦しみを見て、救いの約束をさらに固くしてくださいます」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》その54「神さまはわたしたちの苦しみを見て、救いの約束をさらに固くしてくださいます」

出エジプト記6:5 わたしはまた、エジプト人の奴隷となっているイスラエルの人々のうめき声を聞き、わたしの契約を思い起こした。

※3300年前、イスラエルの人々(ユダヤ人)はエジプトの国で、奴隷として重労働を強いられ、非常に苦しんでいました。けれども、神さまは人びとのうめき声を聞き逃すことなく、しっかりと耳を傾け、民の苦境に心を激しく傷め、民を導き、すばらしい土地に導き入れるという約束をあらためて固くなさいました。わたしたちも苦しみうめいていますが、神さまはたしかに聞いていてくださり、その苦しみをともに担ってくださいます(イエス・キリストの受難と十字架もそうです)。神さまは、どんなときでもわたしたちとともにいてくださり、この苦しみから救いへと導いてくださる、という約束をさらに強くしてくださるのです。

今週の祈り「わたしたちとともに苦しんでくださる神さま、あなたの御子イエス・キリストはわたしたちとともにうめきながら歩いてくださいます。この祈りのときも、まさに、あなたはわたしたちの言葉にならない叫びに耳を傾け、ともに苦悩してくださいます。まことにありがとうございます。たとえどんなに苦しくても、わたしたちは見捨てられているのではなく、あなたがともにいてくださり、茨の道を歩んでくださる、わたしたちはまさにこのことに救われます。これこそがまさにわたしたちの救いです。心より感謝いたします。イエス・キリストとともにあなたを仰ぎつつ、このお祈りをおささげいたします。アーメン」

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《使徒書の御言葉》その53「神さまは理解の浅いわたしたちをお見捨てになることはありません」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その53「神さまは理解の浅いわたしたちをお見捨てになることはありません」

ローマの信徒への手紙「11:28 福音について言えば、イスラエル人は、あなたがたのために神に敵対していますが、神の選びについて言えば、先祖たちのお陰で神に愛されています。11:29 神の賜物と招きとは取り消されないものなのです」。

※キリスト教が生まれたころ、ユダヤ人(イスラエル人)の多くはイエスがキリスト(救い主)であるという福音(「神様からの良い知らせ」)を信じず、ときには激しい対立があったようです。けれども、パウロは、それだからユダヤ人は救われない、などとは言いません。むしろ、ユダヤ人がその時代よりもずっと以前から神さまに愛され神さまの民として苦難と救いの歴史を歩んできたことは取り消されることはないと言うのです。わたしたちも神さまやイエス・キリストをじゅうぶんには理解できない者ですが、それにもかかわらず、神さまはわたしたちを招き、ともにいて、支え、導いてくださり、愛の恵みを与え続けてくださるのです。

今週の祈り「神さま、わたしたちは苦しんでいますが、ご自身も苦しんで歩まれるイエス・キリストを通して、祈りをお聞きくださり、まことにありがとうございます。神さま、新しい出会いがあり、新しい仕事を始めた方々を、どうぞ、見守り、導き、お支えくださいますように、お願いいたします。神さま、夜は寝付きよく熟睡でき、朝、さわやかに力に満ちて目をさますことができますように。神さま、わたしたちひとりひとり、そして、家族、友人たちの心身をお癒しくださり、お守りください。神さま、礼拝と聖書の学び、祈りを守り続けることができますように、お支えください。神さま、誰かが誰かを力でねじ伏せることがなくなりますように。公平で平和で、ひとりひとりが主権者であることが守られますように。イエス・キリストとともにあなたを仰ぎつつ、このお祈りをおささげいたします。アーメン」

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《創造者に導かれる旅》その53「神さまは苦しむわたしたちを見て、救いの約束をさらに固くしてくださいます」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》その53「神さまは苦しむわたしたちを見て、救いの約束をさらに固くしてくださいます」

出エジプト記6:4 わたしはまた、彼らと契約を立て、彼らが寄留していた寄留地であるカナンの土地を与えると約束した。6:5 わたしはまた、エジプト人の奴隷となっているイスラエルの人々のうめき声を聞き、わたしの契約を思い起こした。

※神さまはイスラエルの人びとに、彼らがゆたかに生きることのできる土地を与える、と約束していました。いまは寄留先の人びとに斥けられ虐げられているけれども、そのカナンがいつかきっと、ともに生きる土地になると。しかし、イスラエルの人びとは飢饉のさいにエジプトに避難し、やがて奴隷とされました。けれども、神さまは約束を忘れていたのではありません。奴隷となった人びとのうめき声を聞き、約束をさらに強くされたのです。わたしたちは楽になるどころかますます苦しくなっているような時がありますが、神さまはそれを知っていてくださり、わたしたちを救う約束をさらにたしかにしてくださるのです。

今週の祈り「神さま、わたしたちが苦しいとき、あなたはそこにいてくださり、祈りへとお招きくださいます。心より感謝いたします。神さま、大切な人びとの心身をお守りください。あなたがそばにいてお支えください。神さま、礼拝と祈り、聖書の学びを大切にし続けたいと切に祈っている友の祈りをお聞きください。神さま、課題を抱え、絡んだ糸をほぐしつつある友を、どうぞ、お導きください。神さま、新しい道を歩み始めた若い人びとを導いてください。神さま、わたしたちがこの地でたがいに労わりあい、助け合い、わかちあって生きていくために、愛と正義と平和の炎をわたしたちのなかに燃え上がらせてください。イエス・キリストとともにあなたを仰ぎつつ、このお祈りをおささげいたします。アーメン」

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《使徒書の御言葉》その52「神さまはどの民族もどの個人も、決して斥けたりはなさいません」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その52「神さまはどの民族もどの個人も、決して斥けたりはなさいません」

ローマの信徒への手紙「11:1 神は御自分の民を退けられたのであろうか。決してそうではない。わたしもイスラエル人で、アブラハムの子孫であり、ベニヤミン族の者です。11:2 神は、前もって知っておられた御自分の民を退けたりなさいませんでした」。

※イスラエルの民(ユダヤ人)はイエスをキリストと信じなかったから、あるいは、イエスを十字架につけたから神から救われない、というような非常に深刻な誤解、あるいは悪意が、キリスト教の歴史の始まりから今日までなくなりませんが、二千年の昔、パウロは、「神はイスラエル人を退けていない」と明言しています。神さまはどの民族もどの個人も、決して斥けたりはなさいません。むしろ、ひとりひとりを愛し、救ってくださるのです。そこから斥けられる人はひとりもいません。

今週の祈り「主なる神さま、闇の中で祈るとき、あなたは一筋の光となり、わたしたちを照らしてくださいます。心より感謝申し上げます。神さま、あなたによる癒しを切に求め、あなたにできるだけ近づこう、離れまいとする友の祈りをお聞きください。神さま、重い課題を担った友がいます。どうぞ、あなたがともに背負ってくださいますように。そのことが友の慰めになりますように。神さま、家族と友のために祈り続ける友の祈りを、どうぞ、お聞きください。神さま、若者の旅をお支えください。道を開発してください。神さま、この世界と社会とわたしたちのなかに、他者を想像し、他者を思いやる、砕けた優しい霊を養ってください。イエス・キリストとともにあなたを仰ぎつつ、このお祈りをおささげいたします。アーメン」

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《創造者に導かれる旅》その52「どんなに押しつぶされていても、神さまが立ち上がらせてくださいます」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》その52「どんなに押しつぶされていても、神さまが立ち上がらせてくださいます」

出エジプト記 6:1「主はモーセに言われた。『今や、あなたは、わたしがファラオにすることを見るであろう。わたしの強い手によって、ファラオはついに彼らを去らせる。わたしの強い手によって、ついに彼らを国から追い出すようになる。』」

※エジプト王ファラオはイスラエルの人びとを奴隷として束縛し、けっして去らせようとはしませんでしたが、神さまはそのファラオからイスラエルの民を解放なさいました。わたしたちを押さえつけたり捻じ伏せたりする力は本当に強いですが、神さまの御手の力はそれに遙かにまさります。今はいろいろ妨げがあってなかなか自由にならなくても、神さまがきっと道を切り開いてくださる。そう信じようではありませんか。

今週の祈り「主なる神さま、重い心が光を求めるとき、祈りにお招きくださり、まことにありがとうございます。神さま、家族をあなたへとお導きください。ともにあなたを賛美させてください。神さま、あなたを慕い求める生活と心を、一日一日持ち続けることができますように、どうぞ、お支えください。神さま、母と父の健康をお守りください。遠方の友の心身をお癒しください。神さま、季節の変わり目ですが、体調を維持できますように、お守りください。神さま、若い人びとの前に道を切り開き、あなたがお導きください。神さま、この世界とこの国とわたしたちが、人間一人一人の生活といのちを何よりも大切にすることができますように。イエス・キリストとともにあなたを仰ぎつつ、このお祈りをおささげいたします。アーメン」

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《使徒書の御言葉》その51「信仰は信念ではなく、神さまの思いに耳を傾け、自分の中に迎えることです」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その51「信仰は信念ではなく、神さまの思いに耳を傾け、自分の中に迎えることです」

ローマの信徒への手紙 10:17 実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。

※信仰は信念ではありません。自分の強い思いのことではないのです。信仰は自分の思いを強く持つことではなく、聖書を通して、神さまの救いのお心に耳を傾け、それを自分の心の中にお迎えすることです。たとえば、インマヌエル(「神さまがともにいてくださる」)とは、わたしたちの思いではなく、わたしたちと一緒にいてくださる神さまの救いのお心なのです。自分の中にはなかった、インマヌエルという神さまの救いのお心を、わたしたちの心の中にお迎えすることが信仰なのです。

今週の祈り「主よ、主よ。あなたにそう呼びかけることをお許しくださり、まことにありがとうございます。神さま、心身の痛みを抱え、調子を崩している遠方の友をあなたの御手のお力でお癒しください。神さま、あなたに聞き、あなたに求め続けていますが、どうぞ、これが絶えることがありませんように。神さま、高齢者や病気の方々を、この寒さの中で、お守りくださいますようにお願い申し上げます。神さま、若い人びとが持てる力をよく発揮して、未来を迎えることができますように。神さま、この世界、この国、そして、この教会に、あなたの愛と、あなたの正義と、あなたの平和をもたらしてください。人が人の上に立って抑え付けることがありませんように。皆の顔が覚えられ、皆が尊ばれますように。イエス・キリストとともにあなたを仰ぎつつ、このお祈りをおささげいたします。アーメン」

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《創造者に導かれる旅》その51「わたしたちが本当にお仕えし礼拝すべきお方は、わたしたちの創造者であり救済者である神さまです」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》その51「わたしたちが本当にお仕えし礼拝すべきお方は、わたしたちの創造者であり救済者である神さまです」

出エジプト記5:1〈モーセとアロンはファラオのもとに出かけて行き、言った。「イスラエルの神、主がこう言われました。『わたしの民を去らせて、荒れ野でわたしのために祭りを行わせなさい』と」〉

※「わたしのために祭りを行う」とは神さまを礼拝することです。エジプトで奴隷になっていたイスラエルの民を神さまがそこから救い出された目的のひとつは、民がエジプト王ファラオではなく、神さまに仕えるためだったのです。わたしたちが本当にお仕えすべきお方は、この世の王や権力者ではなく、この世界の創り主であり、わたしたちを創り、いつもそばにいて、お導きくださる神さまです。神さまが民をエジプトから解放してくださるのは、まさにこのためだったのです。

今週の祈り「神さま、あなたはわたしたちを癒し、やすらぎを与えてくださいます。あなたはそのためにわたしたちをこうして祈りに招いてくださいました。まことにありがとうございます。神さま、心身を傷めている友らを、どうぞ、あなたのシャローム(平和、平安)で満たしてください。神さま、礼拝や祈り会にお導きくださり、まことにありがとうございます。どうぞ、引き続き、そのようにお導きください。神さま、進路や将来のことで、悩みや不安や問題を抱えている友らに、どうぞ、まばゆい希望をお与えください。広い道をお造りください。神さま、この地上に正義がなされますように。人が人を押さえつけたり、捻じ伏せたりすることがありませんように。そうではなく、わたしたちが他の人を尊敬し、誠実に仕えることができますように。イエス・キリストとともにあなたを仰ぎつつ、このお祈りをおささげいたします。アーメン」

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《使徒書の御言葉》その50「神さまを信頼する者は救われますが、信頼し切れなくても見捨てられません」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その50「神さまを信頼する者は救われますが、信頼し切れなくても見捨てられません」

ローマ10:10 実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです。10:11 聖書にも、「主を信じる者は、だれも失望することがない」と書いてあります。

※信じるとはどういうことでしょうか。パウロはこれを、掟を守りそのごほうびとして神さまに救われようとすること、つまりは、掟を守るという自分の力によって救われようとすることの対極の事柄として示しています。つまり、信じるとは、掟を守っているという目に見える確証によって救いを自分に保障するのではなく、そのような確証や交換条件なしに、ただ神さまにお委ねすること、ただ神さまを信頼することなのです。そのような神さまへの信頼は、神さまとの望ましい関係(義)であり、わたしたちの生きる希望なのです。けれども、わたしたちは神さまを信頼できない時もあります。いや、そういう時がほとんどです。それでも、神さまの方はわたしたちをお見捨てになりません。神さまの方は、わたしたちの手をお離しになりません。神さまを信頼することによる救い、信頼しきれないわたしたちをお見捨てにならない神さま。救いは何層にも塗り重ねられているのです。

今週の祈り「神さま、あなたは闇の中の光であり、わたしたちは祈りの中で、光を浴びます。心より感謝いたします。神さま、友や家族の心身をお守りください。不調に悩む友をお癒しください。神さま、友に友をお与えください。あなたがまず最良の友となってください。神さま、目標に向かって進む友を支え、お導きください。道を切り開いてください。神さま、この世界をあなたの正義と平和を満たしてください。私利私欲、傲慢、支配ではなく、奉仕と謙遜、愛と良心によって、わたしたちが生きることができますように。イエス・キリストとともにあなたを仰ぎつつ、このお祈りをおささげいたします。アーメン」

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《創造者に導かれる旅》その50「神さまはわたしたちに言葉と行いを与えてくださいます」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》その50「神さまはわたしたちに言葉と行いを与えてくださいます」

出エジプト記4:12 さあ、行くがよい。このわたしがあなたの口と共にあって、あなたが語るべきことを教えよう。

※モーセは、自分は弁が立たない、口が重いから、人びとに神さまのことを伝えることができない、と言いますが、神さまは、モーセとともにいて語るべきことを教える、と言われます。わたしたちも、自分には何もできない、何も話せない、と思ってしまいがちですが、神さまが導いてくださり、言葉を与えてくださることを信じたいと思います。そもそも、わたしたちが何か希望や慰めや希望の言葉を語るときは、それは神さまがそう語らせてくださるのであり、わたしたちが何か愛や慈しみの行いをなすときは、それも神さまがそうさせてくださるのではないでしょうか。

今週の祈り「神さま、静かな祈りへとお導きくださり、まことにありがとうございます。神さま、ご家族とご自分の救いの確信をせつに求めている友がいます。どうぞ、あなたがしっかりと握りしめてください。神さま、心と体をお守りください。どうか、あなたのもとに通い続けることができますように。神さま、一日を良い目覚めで迎え、おだやかな気持ちで毎日を過ごすことができますように。神さま、目標に向かいつつある友の前に、どうぞ、道を切り開いてください。イエス・キリストとともにあなたを仰ぎつつ、このお祈りをおささげいたします。アーメン」

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