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「神さまのお心はいつもわたしたちと一緒にあります」 [こども説教]

子ども説教20180520  使徒言行録2:1-11

「神さまのお心はいつもわたしたちと一緒にあります」

 皆さん、おはようございます。神さまは天にいらっしゃいます。そして、わたしたちのことをとても愛してくださいます。この神さまの愛のことを、神さまのお心、とも言います。

 神さまはわたしたちが神さまのお心をもっとよくわかるように、イエスさまを、わたしたちと同じこの地上に生まれさせてくださいました。神さまはイエスさまをわたしたちのところに送ってくださいました。ですから、イエスさまには、神さまのお心がこめられているのです。

 そして、イエスさまは、ご自分でも、神さまのお心をこめながら、人びとに神さまのことをお話ししたり、人びとの病気を治したり、人びとを助けたりなさいました。

 ところが、イエスさまは十字架につけられ、死んでしまいました。これで、神さまのお心はもうどこかに行ってしまったのかなと思ったら、そうではなくて、イエスさまは復活して、人びとのところに戻って来られました。

 けれども、しばらくして、今度は、天に帰って行かれました。

 今度こそ、神さまのお心はもうどこか遠くに行ってしまったのかなと思ったら、今度もそうではなくて、今日の聖書で読んだように、今度は、神さまは、聖霊というものを、天からわたしたちのところに送ってくださいました。

 この聖霊とは、何かと言うと、これは、じつは、わたしたちを愛してくださる、わたしたちに力を与えてくださるという、神さまのお心そのものなのです。こうして、神さまのお心はいつもわたしたいと一緒にいてくださるのです。

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「わたしたちは神さまとイエスさまから栄養をいただいています」 [こども説教]

子ども説教20180513  ヨハネによる福音書17:1-13

「わたしたちは神さまとイエスさまから栄養をいただいています」

 皆さん、おはようございます。皆さんはおかあさんのお腹の中にいたときのことを覚えていますか。おかあさんのお腹の中にいたとき、わたしたちは、へその緒という管で、ホースみたいなもので、おへそからおかあさんにつながっていたのです。そして、その管を通して、おかあさんから、栄養を受け取って、生きていたのです。

 ところが、今はもう、へその緒ではおかあさんとはつながっていません。心ではつながっていますが、へその緒ではつながっていません。心の栄養は、いまでもおかあさんからいただくことはできますが、体の栄養は、食べ物や飲み物を通していただいています。もちろん、おかあさんが用意してくださった食べ物を通していただく場合も多いのですが。

 それだけではありません。じつは、わたしたちは、今、神さまとイエスさまからも、栄養をいただいています。それは、たましいの栄養、いのちの栄養です。わたしたちは、礼拝に来たり、聖書を読んだり、お祈りをしたりしながら、じつは、神さまとイエスさまから、たましいの栄養、いのちの栄養をいただいているのです。
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「神さまはわたしたちを花のように咲かせてくださいます」 [こども説教]

子ども説教20180506  ヨハネによる福音書16:12-24

「神さまはわたしたちを花のように咲かせてくださいます」

 皆さん、おはようございます。教会の庭に花がいくつも咲いています。花はとても美しいですよね。

 では、花はどうしてあんなに美しく咲くのでしょうか。それは、太陽の光を浴びたり、葉っぱで息をしたり、根っこから水や栄養を吸い上げたりしているからです。

 でも、それだけではありません。花は、目には見えない神さまの力を受けて、美しく咲いているのです。神さまは、花を美しく咲かそう、花を大切に咲かせたいというお心を持っておられます。そのお心を愛と言います。そういう神さまのお心を受けて、花は美しく咲いているのです。
 
 わたしたち人間も同じです。わたしたちは、食べ物や飲み物をとって生きていますが、それだけではありません。じつは、目に見えない神さまの愛を受けて、わたしたちは生きているのです。

 神さまは、わたしたちを花のように育てよう、花のように咲かせようというお心をわたしたちに送ってくださり、わたしたちは、こうして生きているのです。

 この神さまのお心、神さまの愛のことを、聖霊とか真理の霊とか言うのですが、それは、また、今度お話します。
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「やさしいひつじかい、やさしいひつじたち」 [こども説教]

子ども説教20180429 ヨハネによる福音書15:1-17 「やさしいひつじかい、やさしいひつじたち」
 
 皆さん、おはようございます。あるところに、野生の羊たちがいました。羊たちは、いつも、けんかばかりしていました。他の羊のことを憎んだり、自分のことだけしか考えなくて、他の羊に怒ったりしていました。
 
 ところが、ある日、ひとりの羊飼いがあらわれました。その羊飼いは、羊たちを緑の草がいっぱいに生えている野原に連れて行ったり、おいしい水の飲めるところに連れて行ったりしました。また、羊を襲おうとする動物から、命がけで守ってくれました。一匹でも迷子になった羊がいたら、危険なところにも探しに行ってくれました。羊飼いは、小さい羊や弱い羊を、自分の胸に大事に抱きかかえてくれました。大きい羊や強い羊をそうすることもありました。

 そうすると、どうでしょう。いつのまにか、羊たちの間には、けんかが起こらなくなりました。他の羊のことを憎んだり、怒ったり、いじめたりすることもなくなりました。どの羊も、自分のことではなく、他の羊のことを心配するようになりました。

 羊飼いはイエスさま、羊はわたしたちです。イエスさまがわたしたちを愛してくださることに気付いて、いつも思い出して、他の人のことを大事にしたいと思います。
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神さまが実らせてくださる心の果物 [こども説教]

子ども説教20180422  コロサイ1:25 ガラテヤ5:22

「神さまが実らせてくださる心の果物」

 皆さん、おはようございます。わたしたちは、こうやって礼拝をしたり、聖書を読んだり、お祈りしたりしていると、神さまのお言葉が聞こえてきます。誰か人が話すようには聞こえて来ませんが、心の中で、神さまのお気持ちが少しずつわかってくるのです。神さまがわたしたちをいつでも守ってくださること、神さまがいつでもわたしたちと一緒にいてくださること、神さまがどんなときでもわたしたちを愛していてくださることがわかってくるのです。

 すると、神さまは、わたしたちの心の中に種を蒔いてくださいます。種は芽を出し、やがて、木になり、リンゴやいちじくやオリーブのような実を結びます。神さまが、わたしたちの心の中に、そんな実を結ばせてくださいます。

 でも、心の中ですから、本物のリンゴやいちじくがなるわけではないのです。そうではなくて、わたしたちの心の中には、やさしさが実るのです。やさしい気持ちが実るのです。自分以外の人を大事にしよう、という気持ちが実ってくるのです。

 それは、愛と言っても良いのです。神さまはわたしたちを愛してくださいます。わたしたちが神さまのその気持ちをわかると、今度はわたしたちの中に、ほかの人を愛そう、ほかの人を大事にしようとする心が実ってくるのです。

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イエスさまはわたしたちの羊飼い [こども説教]

子ども説教20180415 

「イエスさまはわたしたちの羊飼い」 ヨハネ10:7-18

 皆さん、おはようございます。イエスさまは、今は目には見えませんが、どんなお方なのでしょうか。二千年前、イエスさまを見たことのある人たちは、イエスさまは、羊飼いのようなお方だった、と聖書に書いています。

 では、羊飼いとは、どんな人なのでしょうか。羊飼いは、羊が生きることができるように、働きます。羊たちに水を飲ませるために水があるところに連れて行ったり、草を食べさせるために草のたくさん生えている野原に連れて行ったりします。あるいは、夜は安全なところに連れて行って、狼や泥棒から守ります。羊がどこかに置いてきぼりになってしまったら、それがたった一匹でも見つかるまで探します。

 イエスさまも、この羊飼いと同じです。イエスさまは、わたしたちの心に水を飲ませたり食べ物を食べさせたりするために、神さまのことを教えてくださいます。目には見えないけれども、神さまのところに連れて行ってくださいます。神さまがいっしょにいてくださることこそが、わたしたちの心の水になりますし、神さまが愛してくださることこそが、わたしたちの心の食べ物になるからです。
 
 また、イエスさまは、どんなときでも、わたしたちを守り、支えてくださいます。わたしたちがひとりぼっちになったときでも、イエスさまが捜しに来て、一緒にいてくださいます。

 だから、イエスさまは、羊飼いのようなお方だと、聖書は教えてくれるのです。

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見なくても、信じる [こども説教]

子ども説教20180408 
「見なくても、信じる」 ヨハネ20:19-28

皆さん、おはようございます。神さまは目に見えません。イエスさまも目に見えません。けれども、こうして聖書を読んだり、礼拝をしたり、お祈りをしたりすると、目に見えなくても、神さまやイエスさまを、わたしたちは感じるようになってきます。

イエスさまは十字架につけられ、死んでしまい、お墓の中に埋められてしまいました。イエスさまのお弟子さんたちは、自分たちも同じような目に遭うのではないかと怖くなり、家の中に閉じこもり、鍵をしっかりとかけていました。
すると、そこにイエスさまが、すっと現われました。どうやって、そうしたのかはわかりませんが、そこにイエスさまがおられたのです。そして、「あなたがたに平和があるように」と言われました。

ところが、そのときそこにいなかったトマスさんは、その話を後から聞いたのですが、「ぼくは、見ていないから、信じないよ」と言いました。

一週間後、イエスさまがまたその家の中に、すっと現われました。どうやって、そうしたのかはわかりません。けれども、今度は、トマスさんも一緒にいました。

イエスさまはトマスさんに言いました。「トマス、あなたは今わたしを見たから、信じると言っているけれども、目に見えなくても、わたしはいつでもあなたと一緒にいます。わたしを信じてください」

空気や風は、目に見えませんが、たしかに、あるでしょう。愛や勇気も、目に見えませんが、たしかに、あるでしょう。いのちも目に見えませんが、わたしたちはいのちを持っていますよね。
 
神さまやイエスさまも、目にはみえませんが、たしかに、わたしたちと一緒にいてくださるのです。

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「つかえる」 [こども説教]

子ども説教20180318 

「つかえる」 マルコ10:32-45

皆さん、おはようございます。わたしたちは、みんな、他の人より偉くなりたいという気持ちがあります。他の人より良い点数をとるために勉強しなければならない、と思うこともあります。けれども、勉強は、ほんとうは、誰かより上になるためではなくて、自分が成長するためにするものですよね。

イエスさまのお弟子さんたちも他の人より偉くなりたいと願っていました。そして、他の人より偉い役目につけてくださいとイエスさまにお願いしました。

すると、イエスさまは、他の人より偉くなりたいなどと考えるのはやめなさい、はんたいに、誰かに仕えることを考えなさい、と教えてくださいました。

仕える、とはどういうことでしょうか。仕えるとは、自分が誰かの上に立つのではなくて、むしろ、誰かの下になって、その人を助けることです。誰かの上に立って、何かをしてあげることではなくて、誰かの下になって、いばらないで、その人を助ける、その人を支えることなのです。

イエスさまは、わたしたちの上に立つのではなく、下になって、わたしたちを助けてくださいました。わたしたちも、少しでも、イエスさまのように、人に仕えたいと思います。



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「イエスさまも苦しかった」 [こども説教]

子ども説教20180311 

「イエスさまも苦しかった」 マルコ9:2‐13

 皆さん、おはようございます。皆さんは、サッカーや野球のスポーツ選手になりたい、テレビに出るような、上手な選手になりたい、そうなれたら、すばらしいなと思ったことがないでしょうか。けれども、何もしないでいきなり、そんな選手にはなれません。それには、努力が必要です。苦しいけれども、努力が必要です。

 勉強も同じかもしれませんね。計算や漢字のテストでいつも100点をとっている人を見て、あんなふうになれたらいいな、と思いますが、それには、計算や漢字を家でよく練習する必要があります。勉強は楽しいという人もいるかもしれませんが、多くの人は勉強はすこし苦しい、早く勉強を終わりにしたいと思っているのではないでしょうか。

 イエスさまは、十字架につけられますが、復活なさいます。それなら、十字架なんかにつかないで、最初から復活したらいいのに、と思ってしまいますが、イエスさまが十字架で苦しむことがなければ、イエスさまが復活することもなかったのです。

 わたしたちは、ときどき、苦しいなと思うことがあるかも知れませんが、イエスさまも、十字架という苦しいことを乗り越えたことを思い出したいと思います。わたしたちが苦しい時でも、イエスさまが一緒に歩いてくださいます。
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子ども説教20180304 マルコ8:27-33 「やっつけられながら助けてくださるイエスさま」  [こども説教]

子ども説教20180304 マルコ8:27-33

「やっつけられながら助けてくださるイエスさま」 

皆さん、おはようございます。イエスさまは、わたしたちを救ってくださるお方なのですが、じつは、あの絵のように十字架につけられてしまいました。こんなふうに十字架につけられて、わたしたちを救ってくださることができるのでしょうか。

皆さんは、今誰かにやっつけられそうになっていると思ってみてください。このとき、皆さんを助けてくれる人はどんな人でしょうか。

ある人は、とても力が強くて、皆さんをやっつけている人よりもずっと強くて、皆さんのかわりにその人をやっつけてくれるかも知れませんね。

はんたいに、ある人は、そんな力はないのですが、やっつけられている皆さんを守ろうとして、皆さんのかわりに自分がやっつけられる。でも、そうしながら、皆さんを助けようとしてくれるかも知れませんね。

十字架につけられたイエスさまは、このような人に似ています。わたしたちは、助けてくれる人というと、敵をやっつけてくれる強い人を想像しますが、十字架につけられたイエスさまは、自分もこのように苦しめられながら、それでも、わたしたちを助けてくださる救い主なのです。

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