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お祈りしましょう [こども説教]

 皆さんは、あした漢字のテストがありますよ、と先生に言われたら、どうしますか。そういうときは、家に帰ったら、漢字の練習をしますよね。何度も書いてみたり、しっかり覚えたかどうか確かめるために、答えを見ないで書いてみたりしますよね。
 あした計算のテストをしますよと言われたら、同じように、計算問題を何題も解いて、計算がしっかりできるように努力しますよね。
 わたしたちは、何か目標があるとき、このように自分で努力をします。けれども、わたしたちの努力だけでは難しいこともあります。
 たとえば、試験の時、緊張しないで落ち着いてやりたいと思っても、どうしても、あわててしまうことがありますよね。これは、自分の努力だけでは難しいかも知れません。
 あるいは、あしたは、大切な試験があるから、風邪をひきたくないと注意していても、風邪をひくときはひいてしまいますよね。
 このように、わたしたちには、自分の努力でどうにかなることと、自分の努力だけでは難しいことがあります。
 では、どうしたらよいでしょうか。神さまにお祈りするのです。神さま、緊張しませんように、風邪をひきませんように、とお祈りするのです。そして、最後に、神さま、お任せします、とお祈りするのです。自分の努力だけは、難しいことは、神さまに、お任せしますとお祈りすると良いと思います。
(神に委ねることも、それを伝えることも、らくだが針の穴を通るよりも難しいですが、神さまにはできます(^^)
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パンをわかちあう [こども説教]

 イエスさまの前にたくさんの人びとがいました。男性だけで五千人と言います。世の中には男性しかいないわけではありませんから、本当は男性以外の人数も書いておいてほしいと思いますが、そうすると、全部で、一万人以上いたのかも知れません。
 
 イエスさまは弟子たちに「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」と尋ねました。けれども、これは少し意地の悪い問いかけで、イエスさまは本当はパンを買う以外の方法を弟子たちに考えてほしかったのだと思います。
 
 弟子のひとりのフィリポは「ひとりひとりに少しずつしか配らないにしても、百万円はいるでしょう」と答えました。パンがひとつ百円として一万人に配るとしたら、たしかに、百万円になります。
 
 もうひとりの弟子のアンデレはこう言います。「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」たしかに、パン五つと魚二匹を、一万人でわけるのは不可能です。
 
 ふたりの弟子は、そのような数の計算はできたのです。けれども、イエスさまは、数の計算とは違うことを言われました。
 
 イエスさまは人びとを草の上にすわらせました。そして、パンを手に持って、お祈りをしました。そして、人びとにわけあたえました。
 
 そしたら、人びとがお腹いっぱいになりました。それだけではありません。あまったパン屑を集めると、12の籠に一杯になった、と聖書は物語っています。
 
 わたしたちが、いくらお祈りしても、いくらみんなでわけようとしても、パン五つと魚二匹を一万人でわけることはできません。けれども、五人の人でわけることはできるのではないでしょうか。
 
 大事なことは、食事に感謝をすることです。食事の前のお祈りは神さまに感謝することです。そして、その食卓で皆でわかちあっていただくことなのです。
 
 それから、自分のもっている五つのパンと二匹の魚を皆で分けようとする人が、ひとりだけでなく、たくさん出てくると、一万人の人でわけあうこともできるかもしれません。

 中高生礼拝 20171119 ヨハネ6:3-13
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2017年11月19日 [こども説教]

イエスさまがあるとき、となりの国に行かれました。すると、そこに、ひとりの女の人がいました。この人には、女の子がひとりいたのですが、病気でとても苦しんでいました。

 ところが、イエスさまが自分の国に来たのを知って、その女の人は、イエスさまのところにやってきて、お願いしました。

 「あなたは救い主だと聞いています。どうか、わたしを助けてください。娘が重たい病気にかかっているのです」

 女の人は、イエスさまが外国から来た人なのに、一生懸命にお願いしました。

 イエスさまも、自分と違う国の人なのに、この女の人がイエスさまを信頼するのを見て、心を打たれました。

 そして、「娘さんの病気が治りますように」とお祈りしてくださいました。

 すると、その女の人の娘さんの病気が治ったそうです。

 同じ国の人であるとか、違う国の人であるとか、イエスさまにとって、そして、神さまにとって、それは、まったく関係のないことだったのです。
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みんなのおうち [こども説教]

070610  「みんなのおうち」
 みなさん、おはようございます。○○ちゃんのおうちはどこにある? ○○くんのおうちは? ○○くんと○○くんのおうちは? ○○と○○のおうちは? 
 みんな、おうちがありますね。でも、みんなには、もうひとつ、おうちがあります。そのおうちは、どこにあるでしょうか。そうですね。きょうかいは、みんなのいえ、みんなのおうちです。
 みんな、まいにち、おうちに「ただいま」ってかえりますね。それとおなじように、まいしゅうにちようび、きょうかいに「ただいま」ってかえってくるのです。そして、みんな、まいあさ、いってきます、ってがっこうやほいくえんにしゅっぱつしますね。それとおなじように、れいはいがおわると、「いってきます」ってきょうかいからしゅっぱつするのです。
 では、きょうかいではなにをするのでしょうか。きょうかいでは、こうやって、いえすさまのおはなし、かみさまのおはなしをききますね。それから、おいのりもしますね。それから、ごはんもたべます。
 いいですか。きょうかいでは、かみさまのおはなしをききます。おいのりをします。みんなでいっしょにごはんをたべます。そうしましょう、ってかみさまが、このせいしょにかいてくださいました。
 そして、もうひとつ、だいじなこと、いちばん、だいじなことがあります。それは、「みながひとつになる」ということです。「みながひとつになる」ってどういうことでしょう。みながなかよくなるってことです。ひとりひとりがじぶんのことだけしかかんがえない、じぶんのことだけしかしないのでなくて、みんながほかのひとのことをだいじにすることです。それが、みながひとつになる、ということです。
 きょうかいは、みんなのおうちです。○ちゃんと○ちゃんだけのおうちではありません。おにかいは、○ちゃんと○ちゃんのおうち、でも、きょうかいのいっかいは、みんなのおうちです。ですから、みんな、きょうだい、しまいとしてなかよくしましょう。きょうかいでは、わたしたちは、みんなきょうだい、しまいです。そして、きょうかいでは、かみさまがおとうさんです。


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ごめんね、いいよ [こども説教]

 みなさん、おはようございます。みんな、よくけんかしますね。ほうがといぶきもよくけんかをします。でもなかなおりもします。たとえば、こっちのひとがこっちのひとにいじわるなことをいいます。いじわるなことをいわれると、こっちのひとはおこります。そして、けんかがはじまります。おとうさんから、けんかはやめなさい、なかなおりしなさい、といわれます。それで、しかたなく、ごめんね、といいます。そうすると、こっちのひとも、しかたなく、いいよ、といいます。いいよ、って、おこりながらいいます。ほんとうは、ゆるしたくないのに、しかたなくゆるすので、いいよ、っておこりながらいうのですね。
 いいよ、っておこりながらいうよりも、にこにこして、やさしくいったほうがいいとおもいます。でも、ゆるしたくないけれども、ゆるすこともとてもだいじです。ゆるすことのできないひとをゆるすことはとてもだいじです。
 かみさまはゆるすことのできないひとをゆるしました。かみさまはイスラエルのひとたちをとてもあいしていました。とてもだいじにしていました。ところがイスラエルのひとたちはほかのかみさま・・・ほんとうはにせもののかみさまなのですが・・・ほかのかみさまのほうがすきだといって、そっちにいってしまいました。けれども、かみさまは、それでもイスラエルのひとたちをだいじにしました。イスラエルのひとたちはにせもののかみさまのところにいきましたが、ほんとうのかみさまは、「いいよ、おこらないよ」といって、イスラエルのひとたちをむかえにきてくれました。
 みんな、ひとをすきになったことがありますか。ひとをすきになることはとてもだいじです。どんどんひとをすきになってください。かみさまもみんなのことがだいすきです。けれども、かみさまのすきは、わたしたちのすきと、ちょっとちがいます。かみさまのすきと、わたしたちにんげんのすきは、にているけれど、ちょっとちがいます。どこがちがうのでしょうか。よくかんがえてみましょう。


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だんだんまぶしく [こども説教]

 みなさん、おはようございます。
 みんなは、かなしいきもちだったのが、だんだん、だんだん、たのしいきもちにかわっていったことがありますか。おかあさんにおこられると、とてもかなしいきもちになりますね。でも、おかあさんがにこにこのかおにもどると、わたしたちもだんだんだんだんたのしいきもちにかわってきます。おともだちとけんかをすると、とてもいやなきもちになりますね。でも、なかなおりするために、やさしく「ごめんね」「こっちもごめんね」といいあうと、だんだんだんだんうれしいきもちになってきます。かなしいかおがうれしいかおにかわります。
 イエスさまがおいのりをしていました。イエスさまはやまにのぼっておいのりをしていました。なにをおいのりしていたのでしょうか。かみさま、くるしいです。かみさま、たすけてください。そういうおいのりです。イエスさまはたびをしていました。そして、そのたびのさいごで、イエスさまはじゅうじかにつけられることになっていたのです。かみさま、じゅうじかにつくのはこわいです。かみさま、たすけてください。イエスさまはそうやっておいのりをしていました。みんなもこわいことがあったら、かみさまにおいのりしてください。
 イエスさまはこわいかおをして、かなしいかおをしておいのりをしていました。ところがどうでしょう。おいのりをしているうちにイエスさまのかおがだんだんだんだんあかるくなってきました。さいしょはこわいかおでおいのりをしていたのに、だんだんだんだんやさしいかおになってきました。かおがだんだんまぶしくなってきました。そして、きていたふくがまっしろになったのです。
 どうしてでしょうか。かみさまです。かみさまがイエスさまのおいのりをきいて、こわいかおをやさしいかおにかえてくださったのです。くらいかおをあかるいかおにかえてくださったのです。
 みんなも、こころがくらいとき、かみさまにおいのりしてください。かみさま、こわいです。かみさま、さびしいです。たすけてください。いっしょうけんめいにおいのりしてください。そうすると、かみさまがあかるくしてくださいます。うれしくしてくださいます。


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わるいこころをほろぼす [こども説教]

 みなさん、おはようございます。
 ノアのはこぶねのおはなし、おぼえていますか。いまからずっとむかし、イエスさまのころよりももっとむかしのことです。そのころ、にんげんはいつもいつもわるいことばかりしていました。そして、かみさまは、ああこんなことなら、にんげんをつくらなかったほうがよかった、わるいにんげんをみんなほろぼしてしまおうとおもいました。
 それで、かみさまはおおあめをふらせ、こうずいをおこしました。こうずいってわかりますか。・・・・・そうですね。それがこうずいです。ノアさんとそのかぞく、そして、ふねにのったどうぶつだけはたすかりました。
 こうずいのみずがぜんぶなくなって、ふねからノアさんやどうぶつたちがおりてきました。でも、それいがいのにんげんやどうぶつはみんなしんでしまいました。かみさまはそのことをとてもざんねんにおもいました。そして、もうにどとにんげんやどうぶつをほろぼさないとけっしんされました。
 わるいにんげんがいてもほろぼさないのです。では、どうするのでしょうか。わるいにんげんではなく、わるいこころをほろぼすのです。わるいこころのことを「つみ」といいますが、かみさまは、にんげんではなくつみをほろぼすことにしたのです。
 わたしたちのこころのなかには、とってもやさしいきもちがあります。みんな、とってもやさしいこころをもっています。でも、わるいきもちもあって、ときどき、わるいきもちがこころのなかであばれると、おともだちにいじわるしたり、いやなことをいったりしてしまいます。
 イエスさまは、わたしたちのなかにある、そんなわるいきもちをほろぼすために、そして、やさしいきもちをそだてるために、じゅうにかについてくださいました。かみさまは、わるいひとをやっつけるのではなく、わるいこころをやっつけてくださいます。


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ぷれしゃす だいじなもの [こども説教]

 みなさん、おはようございます。
 ○ちゃんと○ちゃんはボウケンジャーをみていましたね。○くんや○くん、○ちゃんは、おにいさん、おねえさんだから、みていないかもしれません。ボウケンジャーにプレシャスというものがでてきます。プレシャスとは「すごくだいじ」「とてもたいせつ」といういみです。
 ボウケンジャーのさいしゅうかいで、ほんとうのプレシャスがなにかわかりました。ほんとうのプレシャス、ほんとうにたいせつなものはなんでしたか。そうです。にんげんのやさしさです。にんげんのやさしさ、これがいちばんたいせつなものです。
 イエスさまがとってもすごいことをしました。あるとき、たくさんのひとがいました。いちまんにんくらいのひとです。いちまんにんというと、ひろしくんやしんくんはサッカーのしあいをときどきみにいくとおもいますが、たくさんのひとがみにきているときがありますね。いちまんにんというと、あれくらいです。そのいちまんにん、みんながおなかをすかせていました。けれども、ぱんはたったいつつ、さかなはにひきしかありません。これでは、ぜんぜんたりません。
 ところが、どうでしょう。イエスさまがわけると、みんなにいきわたりました。そして、みんながおなかいっぱいになりました。どうしてでしょうか。それはイエスさまがやさしいからです。イエスさまは、ほんとうのプレシャス、にんげんのやさしさをもっていたから、みんなでパンとおさかなをなかよくわけあうことができたのです。
 けれども、イエスさまがもっていたプレシャスは、じつは、にんげんのやさしさだけではありません。イエスさまのもっていたプレシャス、イエスさまのもっていたとってもたいせつなものとは、かみさまのやさしさなのです。いちばんたいせつなもの、それは、じつは、かみさまのやさしさです。
 イエスさまはいつつのパンとにひきのさかなをこうやってもって、かみさまにおいのりしました。かみさまにおいのりをすると、かみさまのやさしさがイエスさまのこころのなかに、そして、みんなのこころのなかにやってきます。みんなのこころのなかに、かみさまのやさしさがはいると、みんなでぱんとさかなをなかよくわけることができるのです。


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よくきく、よくよむ、よくみる [こども説教]

 みなさん、おはようございます。○○くんはサッカーをやっているよね。ボールのけりかたとか、どうやっておぼえた? コーチにおしえてもらった? コーチにおしえてもらうんだけれど、コーチがどうやってボールをけるか、よくみて、じぶんもおぼえるよね。
 ○○くんと、○○ちゃんと、○○くんはピアノをならっているよね。このあいだ、○○ちゃんがあのピアノでユーモレスクをじょうずにひいてくれました。ピアノをならうときも、せんせいにおしえてもらうんだけど、せんせいがどうやってピアノをひくか、よくみることがだいじですね。それから、せんせいのひくピアノのおとをよくきくこともだいじですね。このように、スポーツやがっきをならうときは、おしえてくれるひとをよくみたり、よくきいたりすることが、とてもたいせつです。
 べんきょうはどうでしょうか。べんきょうは、ほんをよむことがだいじですね。ほんやきょうかしょにかいてあることをよくよむことがたいせつです。それから、べんきょうをおしえてくれるせんせいのおはなしをよくきくこともだいじです。
 いま、いろいろなことをいいました。おしえてくれるひとをよくみる、それから、せんせいのピアノのおとをよくきく、そして、ほんやきょうかしょをよくよむ、そして、せんせいのおはなしをよくきく。
 これは、スポーツやピアノやべんきょうだけではありません。イエスさまのことも、よくみたり、きいたり、よんだりすることがだいじです。イエスさまのことをよくみたり、よくきいたり、せいしょをよくよんだりしていると、すこしずつ、イエスさまのこと、かみさまのことがよくわかってきます。
 イエスさまをよくみたり、きいたり、よんだりしないで、ただじぶんひとりで、かみさまのことをかんがえたり、おいのりしたりしても、じょうずになりません。じぶんでかんがえたり、おいのりしたりするまえに、まず、イエスさまをよくみて、イエスさまのおはなしをよくきいて、せいしょをよくよんでください。そしたら、サッカーやピアノや勉強がじょうずになるように、かみさまのことをかんがえたり、おいのりしたりすることもじょうずになってきます。そして、みんなのこころが、だんだんだんだん、イエスさまのこころのように、やさしいこころ、つよいこころ、がまんできるこころ、おおきなこころ、ひろいこころにそだってきますよ。


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がいこくのひとも [こども説教]

 みなさん、おはようございます。むかし、イエスさまよりももっとむかし、イスラエルのくににエリヤさんというひとがいました。このひとはよげんしゃといって、かみさまのおことばをつたえたり、かみさまのおしごとをてつだったりしていました。あるとき、イスラエルのくににあめがふらなくなりました。あめがふらなくなると、はたけでなにもとれなくなって、たべるものもなくなってしまいます。
 かみさまはエリヤさんにいいました。がいこくにいきなさい。シドンというところにいきなさい。エリヤさんがそこにいくと、おかあさんとおとこのこがいました。このおかあさんとおとこのこにもたべるものがありませんでした。けれども、エリヤさんがきたら、どうでしょう、パンをやくためのこなをつぼにいれてあるのですが、それがつかってもつかってもなくなりません。まいにち、まいにち、パンをやいてたべることができます。こうして、がいこくじんのおかあさんとおとこのこはかみさまにたすけられました。
 エリヤさんのつぎのイスラエルのよげんしゃはエリシャさんというひとでした。エリシャさんのところに、アラムというがいこくから、ナアマンというへいたいさんがやってきました。ナアマンさんはひふのびょうきがなおらなくてこまっていたのです。
 エリシャさんはどうしたでしょうか。がいこくのひとはだめ、といって、おいかえしたでしょうか。いいえ、そうではありません。エリシャさんはナアマンさんのびょうきをなおしました。いいえ、かみさまがなおしたのです。
 このあいだ、ヨルダンかわというかわのおはなしをしましたね。かみさまのことばをかいたいたがはいったはこをかついであるくと、かわのみずがとまったおはなしです。あのヨルダンがわにエリシャさんがはいると、エリシャさんのびょうきはなおりました。
 イスラエルのかみさまは、イスラエルのひとだけでなくて、がいこくのひともすくってくださいます。イエスさまは、ここにいるわたしたちをすくってくださいますが、ここにいないすべてのひともすくってくださいます。いえすさまは、わたしたちのイエスさまですが、わたしたちだけのイエスさまではありません。イエスさまはみんなのイエスさまなのです。


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