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東京女子大学礼拝堂にて2015年11月2日 [ショート説教]

東京女子大学礼拝堂にて 2015年11月2日 イザヤ11:1-2 「根」  讃美歌96

 皆さん、おはようございます。わたしの母は、生きていれば、80代半ばになりますが、この東京女子大学の卒業生です。もう60年以上昔の卒業生ですね。わたしは、今、キリスト教の牧師をして、25年目くらいになりますが、わたしが今キリスト教の牧師をしている、そのルーツのひとつは、この東京女子大学になるのかも知れません。

 わたしの祖母は、家庭や戦争で大変苦労をして、自分は神さまなど信じられない、けれども、せめて、娘には、神さまを信じられるようになってほしい、神さまを信じる人生を送ってほしい、そういう願いをもっていたそうです。それで、祖母は自分の娘、つまり、わたしの母を、キリスト教の大学である、この東京女子大学に入学させました。

 母はこの大学で英文学を学んだと聞いています。そして、短い期間ですが、東京都大田区の公立中学で、英語の教師をしていたようです。それから半世紀以上経ちますが、いま、わたしの子どもたちが、その中学に通っています。わたしも、中学生のころ、これも、40年くらい前の話ですが、母から英語を教えてもらったことがあります。わたしは、英語はあまり得意ではありませんが、時間をかければ、普通の英文はいまでも何とか読むことができると思います。こんなふうに、母がこの東京女子大学で60年以上も前に英文学を学んだことが、今の、わたしや子どもたちと、なんとなくつながっているようにも思います。

 わたしや子どもたちと、東京女子大学の英文科とのつながりは、まあ、なんとなくと言ったころですが、わたしがキリスト教の牧師をしている、そのことについては、母がこの大学で学んだことと、あきらかなつながりがあります。

 母はこの大学でキリスト教を知り、教会に通うようになり、牧師であった父と出会い、結婚し、わたしが生まれ、やがて、わたしも、神さまを信じるようになり、キリスト教の牧師になりました。ですから、この東京女子大学は、いまわたしが、キリスト教の牧師として生きている、そのルーツ、その根、根っこのひとつだと思います。

 ところで、皆さんは、神さまを信じておられるでしょうか。神さまなんていないと思う、という人はいるかも知れませんが、自分にはルーツがない、自分には根っこがない、自分が今ここに生きている、その起源、根源など、存在しないという人はいないのではないでしょうか。

 東京女子大学のキャンパスは美しいですね。武蔵野を思わせる立派な木がいくつも立っています。どんなに大きい木にも根っこはあります。木は根っこによっていのちを与えられ、根っこから養分や水分を与えられ成長し、木はいまも根っこによって支えられています。

 わたしたちもそれと同じではないでしょうか。わたしたちにも、目には見えない根っこ、ルーツがあり、そこからいのちを受け、そこから生きていくのに必要なエネルギーや温かさや受け、根っこによってしっかりと支えられ、いま、ここに立っているのではないでしょうか。

 目には見えないけれども、わたしたちにいのちを与え、支え続けてくれる根っこ、それを、聖書は、神さま、と呼んでいます。

 今日の聖書に、エッサイの株から芽が萌えいで、その根からひ
とつの若枝が育つ、とありました。株とは、木が切り倒されたあとにも残る切り株のことですが、切り倒された木にも根があり、その根から、またあたらしく芽が出てくる、枝が育つというのです。

 皆さんの中には、卒業を控えている方もおられるかも知れませんが、皆さんは、東京女子大学という株から萌えいでる芽であり、東京女子大学という根から育つ若枝となることでしょう。

 そして、さらに深く掘り下げてみると、皆さんは、神さまという株から萌えいでる芽であり、神さまという根から育つ若枝なのです。

 大木の根っこのように、神さまが皆さまにいのちを与え、皆さんを支え続けてくださる、そう信じたいと思います。

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