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《創造者に導かれる旅》その56「苦しみがどんなにかたくなであっても、神さまはかならずそこから救い出してくださいます」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》その56「苦しみがどんなにかたくなであっても、神さまはかならずそこから救い出してくださいます」

出エジプト記 7:3わたしはファラオの心をかたくなにするので、わたしがエジプトの国でしるしや奇跡を繰り返したとしても、7:4 ファラオはあなたたちの言うことを聞かない。わたしはエジプトに手を下し、大いなる審判によって、わたしの部隊、わたしの民イスラエルの人々をエジプトの国から導き出す。

※古代エジプトの王たちはファラオと呼ばれました。イスラエルの人びとはこのファラオが治めるエジプトで奴隷として苦しめられていました。神さまはこの人びとを解放するように、モーセにファラオと交渉させますが、王はかたくなです。おどろくべきことに、神さまが王の心をかたくなにしたと言うのです。神さまはどうして解放を妨げるように見えることをなさるのでしょうか。けれども、じつは神さまは解放を妨げるどころか促しておられます。イスラエルの人びとをエジプトから救い出すと宣言しておられます。わたしたちも苦しみがかたくなに続くと心がつぶれそうになることがあります。けれども、神さまは、そこから導き出す、と約束してくださいました。この約束こそが希望なのです。

今週の祈り「神さま、静けき祈りにお招きくださり、まことにありがとうございます。神さま、わたしたちの友と家族の心と体を、どうぞ、お守りください。どうぞ、お癒しください。神さま、いまにも倒れそうな友を、どうぞ、あなたの強い御手でしっかりとお支えください。神さま、横たわる友を、あなたの御手で起き上がらせてください。神さま、戦争を遠ざけてください。兵器を、軍備を退けてください。神さま、権力者たちに愛の心と民を第一にする崇高でへりくだった精神とを注いでください。イエス・キリストとともにあなたを仰ぎつつ、このお祈りをおささげいたします。アーメン」

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2017年4月30日 [週報]

2017年4月30日  復活節第3主日                No.5

前   奏   
招きの言葉
讃 美 歌  こども89
主の祈り    (お手元のクリアファイルをごらんください)
聖   書   マタイによる福音書12:38-42 (新約p.23)
子ども説教   
捧げもの(こどもたち)
讃 美 歌  こども24-1「いまそなえる」
祝   福
詩編交読   詩編15
讃 美 歌   21-18
信仰告白   (お手元のクリアファイルをごらんください)
祈   祷
説   教   「証拠や説教や知恵以上のもの」 
今週の祈り
讃 美 歌   21-287
役員就任式
献   金
祈   祷
讃 美 歌   21-390
頌   詠   一編 541
祝   祷
後   奏
報   告      
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
本日の集会:9:30am 聖書の学び    10:00am 中高生礼拝
 礼拝後:

今週の集会 聖書と祈りの会 水曜日 7:00pm=休会   土曜夕礼拝 7:00pm 

来週の主日礼拝 5月7日(日)   復活節第4主日 聖餐式
☆ 聖書 ヨハネ11:17-27  詩編16
☆ 説教 「神につながり生きる」 林巌雄牧師
☆ 讃美歌 こども109、21-51、21-81、21-573、一編539
☆ 9:30am 聖書の学び 10:00am 中高生礼拝
☆ 礼拝後: 愛餐会、役員会(教会運営委員会)

報   告
☆先週の蒲田教会総会では2016年度の諸報告が承認され、2017年度の年間計画、宣教方針、予算などが決議されました。
☆自分用の「交読詩編」を購入したい方は、紙に「交読詩編購入希望 (氏名)」と書き、牧師までお渡しください。1200円前後です。入荷に何日かかかります。詩編を自宅でも読むことで、祈りが深められることでしょう。
☆今週は水曜日の聖書と祈りの会はお休みします。

これからの主な予定  5月14日 祈祷会、キリスト教を学ぶ会
5月21日 マリアの会、オリーブの会
5月28日 教会協議会「今年度教会テーマと活動方針について」

先週集会報告 礼拝(23日)37名   中高生礼拝(23日)2名 
聖書の学び(23日)6名  聖書と祈りの会(26日)3名 土曜夕礼拝(22日)7名

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聖書の話を身近な経験に置き替えてみました(57)「目に見えない、深いところにある、世界の根源を信頼する」 [聖書の話を身近な経験に置き替えてみた]

聖書の話を身近な経験に置き替えてみました(57)「目に見えない、深いところにある、世界の根源を信頼する」

 たしかな証拠が欲しい。わたしたちは不安な問題を抱えているとき、その不安を解決してくれるようなたしかな証拠を求めます。

 子どもを高校、大学と進ませるには、受験料、塾費用、入学金や授業料、教材費、学校活動費、部活費など、百万単位のお金を必要としますが、これは、簡単に調達できるものではありません。

 ある調査によりますと、東京の私大生と高校生がいる埼玉の家庭では、1年間に800万円以上必要ですが、平均収入は550万円くらいだそうです。250万円はどうするのでしょうか。これを何とか補てんできる確証をつねに求めて、悩み、苦しみ、心をわずらわせるのですが、なかなか250万円をたしかなものにすることはできません。

 子どもたちの進学についても、今の学校でこれくらいの成績順位で、模擬試験でこれくらいの結果を出しているから、〇〇大学あたりなら合格できるのではないか、というたしかな感覚を持ちたいのですが、これもなかなかそういうわけには行きません。

 それでも、わたしたちは、いつまでも、目に見えるたしかな保障を追い求めてしまいます。そうではなく、なんとかなるさ、人生がなんとかしてくれるさ、世界がなんとかしてくれるさと、証拠なしに、けれども、深い信頼に基づいて、安心できたら、どんなにすばらしいことでしょうか。

 聖書によりますと、ある人びとがイエスのところにやってきて、「おまえは神の子だと言われているようだが、そのしるし、その証拠をみせてみろ」と言います。

 これに対して、イエスは「そんなしるし、そんな証拠は、よこしまな人間、神を信頼しない人間が求めるものだ」と答えます。

 この時代、神がいるとかいないとかはあまり問題ではなかったのではないでしょうか。むしろ、ここでは、神はいることが前提で、それに信頼するかどうかか重要だったのではないでしょうか。わたしたちが世界や歴史や人生の存在は疑わないけれども、それに信頼するかどうかが大事であるように。

 目に見えるしるしはないけれども、あるいは、感覚的にも、心理的にも、思考的にも、たしかなものはないけれども、それでも、世界と人生、言い換えますと、自分よりはるかに大きないのちに、生かされ、支えられているという根本的な、根源的な、深源的な信頼をイエスは示そうとしていたのではないでしょうか。

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負けないいのちの詩49   「いのちのない神々ではなく、生ける神こそ」 [負けないいのちの詩]

負けないいのちの詩49   「いのちのない神々ではなく、生ける神こそ」

見よ、人間が産んだ神々を
あなたたちはそれに仕えている
あなたたちにまなざしを向けることも
耳を傾けることも
ともに食卓につくことも
あなたたちの汗を嗅ぐことも
何ひとつできない神々が
金が、富が、権力が、軍事力が、偶像が
あなたちを見下している

しかし、あなたたちは
生ける神を尋ね求めよ
心を尽くし、魂を尽くし
生ける神を尋ね求めよ
神はすでにあなたたちを
尋ね求めて駆け出しておられる

苦しみの日、あなたたちは
生ける主のふところに抱かれる
あなたの耳には主のささやきが聞こえる

あなたの神は生ける神
憐れみ深い生ける神
あなたを見捨てない
約束を忘れない神

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2017年4月16日 主日礼拝 説教「もう泣かなくてもよい」 ヨハネ20:1-18 [説教動画]

2017年4月16日 主日礼拝 説教「もう泣かなくてもよい」 ヨハネ20:1-18

https://www.youtube.com/watch?v=7hSm-TgUzEQ
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2017年4月23日 主日礼拝 説教「おはよう」 マタイ28:1-10 [説教動画]

2017年4月23日 主日礼拝 説教「おはよう」 マタイ28:1-10
 
https://www.youtube.com/watch?v=qTjT5Ce2tAk
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2017-04-22 [キリスト教を知る三分スライドショー]

聖書を身近に2 「もしかしたら神はいるかも、と思うとき」

https://www.youtube.com/watch?v=n6ntQ1RnGkc
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《使徒書の御言葉》その55「神さまの御心とは、わたしたちがたがいに誠実にもてなし、仕え、愛しあうことです」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その55「神さまの御心とは、わたしたちがたがいに誠実にもてなし、仕え、愛しあうことです」

ローマの信徒への手紙12:2 あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。

※「神の御心」「善いこと」「神に喜ばれること」「完全なこと」とはどんなことでしょうか。この数節先でパウロは、人間相互の愛、相手への尊敬、主に仕えること、希望、喜び、忍耐、祈り、旅人をもてなすように人を助けること、迫害者への祝福を祈ること、喜ぶ人と共に喜ぶこと、泣く人と共に泣くことなどを挙げています。神さまがわたしたちに願っておられること、神さまが善だと思っておられること、神さまが喜ばれ、神さまがこれは丸い円のように誠実なものだとお考えのこととは、こうしたことではないでしょうか。 

今週の祈り「神さま、あなたはわたしたちのまことの主です。まことの支えです。わたしたちはあなただけを根本の支えといたします。神さま、遠方の友を訪ねる者をお守りください。その友をお支えください。神さま、家族の健康をお支えください。神さま、イースターの恵みに、そして、穏やかな日々に感謝いたします。神さま、季節の変わり目です。ひとりひとりの体調をお守りください。神さま、難しいことにも不安に飲みこまれずに向かい合うことができますように。神さま、礼拝に集い、祈り、聖書を学ぶ人びとの心身をお守りください。神さま、横たわる友にあなたが強い御手を伸ばしてください。神さま、戦争が起こりませんように。戦争が終わりますように。軍備や力ではなく、愛と崇高な精神がこの世界を治めますように。イエス・キリストとともにあなたを仰ぎつつ、このお祈りをおささげいたします。アーメン」

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2017-04-20 [週報]

2017年4月23日  復活節第2主日                No.4

前   奏   
招きの言葉
讃 美 歌  こども88
主の祈り    (お手元のクリアファイルをごらんください)
聖   書   マタイによる福音書28:1-10 (新約p.59)
子ども説教   
捧げもの(こどもたち)
讃 美 歌  こども24-1「いまそなえる」
祝   福
詩編交読   詩編14
讃 美 歌   21-325
信仰告白   (お手元のクリアファイルをごらんください)
祈   祷
説   教   「おはよう」 
今週の祈り
讃 美 歌   21-390
献   金
祈   祷
讃 美 歌   21-326
頌   詠   一編 541
祝   祷
後   奏
報   告       
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
本日の集会:9:30am 聖書の学び    10:00am 中高生礼拝
 礼拝後:昼食会、蒲田教会総会

今週の集会 聖書と祈りの会 水曜日 7:00pm   土曜夕礼拝 7:00pm 


来週の主日礼拝 4月30日(日)   復活節第3主日 役員就任式
☆ 聖書 マタイ12:38-42  詩編15
☆ 説教 「証拠や説教や知恵以上のもの」 林巌雄牧師
☆ 讃美歌 こども89、21-18、21-287、21-390、一編541
☆ 9:30am 聖書の学び 10:00am 中高生礼拝
☆ 礼拝後:

報   告
☆本日午後の定期総会には教会員の方はなるべくご出席ください。欠席の方は委任状を提出してください。教会員でない方の陪席も歓迎いたします。

【公示】2017年度の蒲田教会定期総会を4月23日(日)午後1時より開催いたします。2016年度の諸報告、会計報告、2017年度の計画、活動方針、予算などが審議されます。各会担当の方は4月2日までに報告書を牧師までお出しください。

これからの主な予定 4月30日 役員就任式
5月7日 役員会(教会運営委員会)5月14日 祈祷会、キリスト教を学ぶ会
5月21日 マリアの会、オリーブの会
5月28日 教会協議会「今年度教会テーマと活動方針について」

先週集会報告 礼拝(16日)61名 中高生礼拝(16日)4名 
聖書の学び(16日)4名  聖書と祈りの会(19日)5名 土曜夕礼拝(15日)8名

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聖書の話を身近な経験に置き替えてみました(56)「死んでしまった大切な人はお墓の中ではなく、すぐ近くに生きつづけています」 [聖書の話を身近な経験に置き替えてみた]

聖書の話を身近な経験に置き替えてみました(56)「死んでしまった大切な人はお墓の中ではなく、すぐ近くに生きつづけています」

 「千の風になって」という歌が大ヒットしました。お墓の前で涙を流す人に向かって、死んだ人が、わたしはここにはいません、ここで眠っているのではありません、空の風に、あるいは、秋の光、冬の雪、朝の鳥、夜の星になって、あなたと同じ世界、さらに言えば、あなたのすぐ近くにいます、と歌うのです。

 NHKの朝のドラマの「ごちそうさん」では、おばあちゃんは死んだ後、糠床(ぬかどこ)となって、主人公に寄り添いつづけます。ゲゲゲの鬼太郎のお父さんも死んだ後、鬼太郎の目玉になって、鬼太郎を支え続けます。死者は、大切な人は、生きている人の、いわば、日常に生き続けているのです。

 聖書によりますと、イエスが死んで埋葬された翌々日、今で言えば、日曜日の朝、イエスと親しくイエスを大切に思っていた女性たちが墓に行きます。すると不思議なことに、墓穴を塞ぐ石がとりのけられ、さらには、天使があらわれ、こう言います。「あの方は、ここにはおられない」。

 では、どうしたのかというと、「復活した」と言います。そして、「ガリラヤに行った」と言います。ガリラヤとは、じつは、イエスが人びとと親しく過ごした日常の場でした。イエスはそこで人びとと話をし、飲み食いをともにしたのです。ガリラヤは日常生活の場でした。イエスが復活した、ということは、イエスが親しい人びと、大切な人びとの日常の場に生きている、ということを意味しているのです。

 女性たちが、これはとてもうれしいことだ、他の人びとにも伝えよう、と走り出すと、行く手にイエスがあらわれて、「おはよう」と言います。

 復活などと言えば、信じがたい超自然現象、非日常のことがらのはずなのに、イエスがさりげなく「おはよう」と声をかけてくるとは、なんとのどかなことでしょうか。

 「死んだ人が生き返った」などという話は、たしかに信じがたいのですが、わたしたちは、「おじいちゃんは天から見守っていてくれる」とか「おかあさんはもう目には見えないけれども、いっしょにいて支えていてくれる」などという感覚にはそんなに違和感はありません。イエスのまわりの人たちは、復活という言葉や物語で、どのような実感を伝えようとしたのでしょうか。

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