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「わたしは救い主ではありません」 [中高生向けのお話]

中高生礼拝 20171231 ヨハネ1:19-28 p.163  
「わたしは救い主ではありません」

 おはようございます。ときどき、あの人は神さまのような人だ、などと呼ばれる人がいます。なかには、自分から、わたしは神だ、などと言う人もいます。けれども、どんな人間であっても、神さまではありません。

 わたしはこうして牧師をしていますが、皆さん、よくご存知のように、神さまではありません。神さまのような人でもありません。ただの人間です。

 これは、あたりまえのようなことですが、とても大切です。たしかに、「わたしは神だ」などとは言っていませんが、まるで、自分が神であるかのように、自分が言うことはすべて正しい、すべて自分の考えるようにさせたい、自分ならすべて解決できる、と思っている人がいます。わたしたちも、ときどき、そういうモードになってしまうことがあります。けれども、わたしたちは、どの人のことも神さまのように見なしてはならないし、自分が神さまのように発言したり行動してもならないのです。

 ヨハネという人がいました。イエスさまと同じ時代の人です。人びとはヨハネのことをイエスさまのような救い主、メシアだと勘違いをしましたが、ヨハネは、はっきりと「わたしはメシアではない」と言いました。
 
 さらには、わたしは、救い主であるイエスさまの道を準備する者だ、と言いました。そして、「救い主はわたしの後から来られる。わたしはその方の履物のひもを解く資格もない」と言いました。ヨハネは、自分を救い主と同じにしてはならない、と人びとに強く訴えたのです。
 
 これをわたしたちにあてはめてみたら、どうでしょうか。わたしたちも、ときどき、すべてを自分の力で解決しようとしてしまいます。自分には、自分の問題も、他の人の問題も解決できる力があると思ってしまうことがあります。自分は、自分も、他の人も助けることができる、自分は、自分や他の人の救い主になることができる、と思ってしまうことがあります。
 
 けれども、わたしたちは、自分のことについても、自分以外の人の力を頼りにすることは大切ですし、神さまにお祈りすることも大切です。

 もちろん、自分で精一杯やらなければならないこと、ならないときがありますが、自分以外の人、今日の聖書の言葉で言えば、「自分の後から来る方」の力を借りることも大切です。

 わたしたちは、まわりの人の助けも信頼し、神さまにもお祈りすることで、わたしたち自身が神さまやメシアになろうとする傲慢を避けることができるのではないでしょうか。

 わたしたちを本当に支えてくださるお方は、神さまなのです。わたしたちは、自分だけを信じるのではなく、根本では、神さまを信頼して生きていきたいと思います。
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