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2017年9月17日 [説教動画]

2017年9月17日 説教「天の喜びは地の喜び」 マタイ18:10-20 林巌雄牧師

https://www.youtube.com/watch?v=yJSgY4af5uA
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《創造者に導かれる旅》その65 「神さまはわたしたちを束縛から自由へと、死から生へと通過させてくださいます」 [希望と慰めの言葉]

《創造者に導かれる旅》その65 「神さまはわたしたちを束縛から自由へと、死から生へと通過させてくださいます」

出エジプト記12:23 主がエジプト人を撃つために巡るとき、鴨居と二本の柱に塗られた血を御覧になって、その入り口を過ぎ越される。滅ぼす者が家に入って、あなたたちを撃つことがないためである。

※神はイスラエルの民に鴨居や柱に羊の血を塗るように命じられました。神はイスラエルの民を解放しないエジプト人を撃つのですが、その血を目印に、イスラエルの家は通り過ぎ(過ぎ越し、パスし)、民は撃たれることはありません。そして、民は奴隷の地から自由の地へと移り行く(過ぎ越す、パスする)ことができたのです。その千年以上のちに、イエス・キリストが十字架につけられ血を流して死んだけれども復活した出来事を見た人びとは、キリストが過ぎ越しの羊に相当し、キリストとともに、自分たちも死から生へと過ぎ越させて(パスさせて)いただくと信じるようになりました。

今週の祈り「わたしたちにいのちをお与えくださる神さま。祈りにお招きくださり、まことにありがとうございます。神さま、天に召された方を平安で包み、ご家族をお慰めください。あなたの愛をさらに注いでください。神さま、わたしたちはある人びとをこの社会でもっとも弱い立場に追いやってしまっていますが、わたしたちがその人々を虐げてしまうことがないようにお導きください。神さま、子どものことで張り裂けそうに心を痛めている親を、どうぞ、お支えください。子どもたちの前に未来を切り開いてください。神さま、ここがあなたの世界であることをつねに想い起こし、わたしたちが愛と義によって他の人々に接することができますように。イエス・キリストとともにあなたを仰ぎつつ、このお祈りをおささげいたします。アーメン」

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2017年9月17日 [週報]

2017年9月17日  聖霊降臨節第16主日               No.25

前   奏   
招きの言葉
讃 美 歌  こども55
主の祈り    (お手元のクリアファイルをごらんください)
聖   書   マタイによる福音書18:10-20 (新約p.35)
子ども説教   
捧げもの(こどもたち)
讃 美 歌  こども24-1「いまそなえる」
祝   福
詩編交読   詩編37編(1-22節 )
讃 美 歌   21-226
信仰告白   (お手元のクリアファイルをごらんください)
祈   祷
説   教   「地の喜びは天の喜び」 林巌雄牧師
今週の祈り
讃 美 歌   21-512
献   金
祈   祷
讃 美 歌   21-542
頌   詠   一編 539
祝   祷
後   奏
報   告       
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
本日の集会:9:30am 聖書の学び    10:00am 中高生礼拝
 礼拝後:マリアの会、オリーブの会

今週の集会 聖書と祈りの会 水曜日 7:00pm  土曜夕礼拝 7:00pm 


来週の主日礼拝 9月24日(日)  聖霊降臨節第17主日  
☆ 聖書 マタイ18:21-35  詩編38編
☆ 説教 「借金帳消し」 林巌雄牧師
☆ 讃美歌 こども9、21-227、21-514、21-543、一編539
☆ 9:30am 聖書の学び 10:00am 中高生礼拝
☆ 礼拝後:讃美歌練習

報   告
☆12月24日のクリスマス礼拝で洗礼を受けようと思う方は牧師にご相談ください。
☆10月22日の礼拝では吉岡卓さんに証言をお願いします。吉岡卓さん:日本基督教団埼玉和光教会所属。詩人。障害者神学の研究と実践をライフワークにさだめています。障害:二分脊椎症とそれにともなう下肢障害・膀胱直腸機能障害(身体障害者手帳1級)、うつ病(手帳なし)。

これからの主な予定  10月1日 役員会(教会運営委員会)  
10月8日 祈祷会   10月15日 マリアの会、キリスト教を学ぶ会
10月22日 吉岡卓さんの証言

先週集会報告 礼拝(10日)35名   中高生礼拝(10日)3名 
聖書の学び(10日)5名  聖書と祈りの会(13日)6名  土曜夕礼拝(9日)7名

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負けないいのちの詩63    「主はこれらの悪を徐々に追い払われる」 [負けないいのちの詩]

負けないいのちの詩63   
「主はこれらの悪を徐々に追い払われる」

支配者と民の悪がいかに大きくても
あなたはうろたえてはならない

それよりもはるかに大きく畏るべき神が
あなたのただ中におられるから

主はこれらの悪を徐々に追い払われる
あなたは悪を一気に滅ぼしてしまうことはできない
あなた自身が悪にならないためである

主は支配者を大混乱に陥れ、ついには滅亡に到らせる
あなたは彼らの名を天の下から滅ぼし尽くす

彼らの偶像は火に投じて焼きなさい
彼らの私欲と虚偽と暴力を焼き尽くしなさい

それらを覆う金や銀に目を奪われてはならない
それをあなたのものにしてはならない
あなたは罠に陥ってはならない

それらを徹底的に退けなさい
それらを燃やし尽くしなさい


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2017年9月10日  [説教動画]

2017年9月10日 説教「神さまのいくつかの顔」マタイ13:44-50  林巌雄牧師

https://www.youtube.com/watch?v=zcVmNI9mIT8
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聖書の話を身近な経験に置き替えてみました(70)「神は慕わしくも厳しく、厳しくも慕わしいお方です」 [聖書の話を身近な経験に置き替えてみた]

聖書の話を身近な経験に置き替えてみました(70)「神は慕わしくも厳しく、厳しくも慕わしいお方です」

 こんなやさしい人は他にはいないと思って一緒になったら、じつは、まったくやさしくない人だったということではなくても、じつは、きびしい面も持ち合わせている人だったということはないでしょうか。

 生徒や学生がとても伸び伸びしていると思って入学してみたら、じつは、かなり勉強するように仕向けられたり、部活もきつかったりりしたということはないでしょうか。

 人にも組織にもいくつかの顔があります。そして、それはかならずしも、表と裏というようなものではなく、どちらも真実の顔である場合もあるでしょう。

 聖書によりますと、イエスは、神は、畑を耕していたらたまたま掘り当てた宝、あるいは、良い真珠を探していた商人が見つけた最高の真珠のようなものだ、と言っています。そして、見つけた人は、全財産を売り払ってでも、それを買い求める、と言っています。

 偶然にしろ、探し求めた結果であるにしろ、神との出会いは、人生のなにものとも比べることのできない、決定的なもの、逃してはならないものだということでしょうか。神は、人間にとって、それほどに慕わしいものとして語られているように思います。

 けれども、この話に続いて、神の国とは、漁師が網にかかった良い魚と悪い魚をわけるようなものだとも言っています。悪い魚は捨てられるのです。悪人は燃え盛る炉の中に投げ込まれるとも言われています。厳しい話です。

 しかし、これは、良いことをした人は天国へ、悪いことをした人は地獄へ、というような単純なことではなくて、神は、わたしたちの中にある悪を抑え、善を導き出そうとしている、というようにも読めます。悪人をではなく、悪を世界から消し去ろうとしていると。わたしたちを善に導こうとしていると。

 たとえ、そう解釈したとしても、善に促され、善を求めて生きる道もまたきびしいことでしょう。

 あんなに慕わしかった神が、こんなに厳しかったと、と嘆く人もいるかもしれません。

 しかし、わたしたちは厳しさに促された方が、善を求めるというすばらしい道を歩めるとも考えられ、ならば、神の厳しさもまた、ありがたいものとならないでしょうか。

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《使徒書の御言葉》その65「神さまはわたしたちに愛することを教えてくださいます。愛することは神さまのくださる愛によって実現されます」 [希望と慰めの言葉]

《使徒書の御言葉》その65「神さまはわたしたちに愛することを教えてくださいます。愛することは神さまのくださる愛によって実現されます」

ローマの信徒への手紙 13:8 互いに愛し合うことのほかは、だれに対しても借りがあってはなりません。人を愛する者は、律法を全うしているのです。13:9 「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」、そのほかどんな掟があっても、「隣人を自分のように愛しなさい」という言葉に要約されます。13:10 愛は隣人に悪を行いません。だから、愛は律法を全うするものです。

※わたしたちは誰をも自分に従属させてはなりません。また、わたしたちは誰に従属してもなりません。ただ、わたしたちは人を愛し、人から愛される、そのような関係こそが、膨大な律法の焦点なのです。信頼してくれる人を裏切ってはなりません。人のいのちも生活も奪ってはなりません。隣人を自分のように愛するとは、つまり、こういうことなのです。このように、愛こそが律法、つまり神さまが教えてくださった生き方を実現してくれます。そして、この愛は、じつは、神さまがわたしたちに与えてくださったものなのです。

今週の祈り「わたしたちを創り、お支えくださる神さま。祈りへとお招きくださり、心より感謝を申し上げます。神さま、家族や友人たちの心身をお守りください。揺れるこころにあなたの平安を注いでください。神さま、親しい人を天に送り、悲しんでいる人びとを、どうぞ、慰めてください。神さま、この世界に、この国に、平和と正義をもたらしてください。人のいのちと生活が何よりも大切にされますように。それを脅かすものに否の声を上げることができますように。神さま、闇夜を歩く希望を与えてください。あなたが希望となってください。神さま、あなたを根本の頼みとさせてください。日々もあなたに委ねて歩ませてください。イエス・キリストとともにあなたを仰ぎつつ、このお祈りをおささげいたします。アーメン」

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2017年9月10日 [週報]

2017年9月10日  聖霊降臨節第15主日               No.24

前   奏   
招きの言葉
讃 美 歌  こども8
主の祈り    (お手元のクリアファイルをごらんください)
聖   書   マタイによる福音書13:44-50 (新約p.26)
子ども説教   
捧げもの(こどもたち)
讃 美 歌  こども24-1「いまそなえる」
祝   福
詩編交読   詩編36編(1-10節 )
讃 美 歌   21-225
信仰告白   (お手元のクリアファイルをごらんください)
祈   祷
説   教   「神さまのいくつかの顔」 林巌雄牧師
今週の祈り
讃 美 歌   21-511
献   金
祈   祷
讃 美 歌   21-540
頌   詠   一編 539
祝   祷
後   奏
報   告       
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
本日の集会:9:30am 聖書の学び    10:00am 中高生礼拝
 礼拝後:祈祷会、キリスト教を学ぶ会

今週の集会 聖書と祈りの会 水曜日 7:00pm  土曜夕礼拝 7:00pm 


来週の主日礼拝 9月17日(日)  聖霊降臨節第16主日  
☆ 聖書 マタイ18:10-20  詩編37編(1-22節 )
☆ 説教 「地の喜びは天の喜び」 林巌雄牧師
☆ 讃美歌 こども55、21-226、21-512、21-542、一編539
☆ 9:30am 聖書の学び 10:00am 中高生礼拝
☆ 礼拝後:マリアの会、オリーブの会

報   告
☆本日は礼拝後に祈祷会が開かれます。また12時15分よりキリスト教を学ぶ会が開かれます。テーマは「使徒信条 主イエス・キリスト」です。ぜひご参加ください。
☆12月24日のクリスマス礼拝で洗礼を受けようと思う方は牧師にご相談ください。
☆10月22日の礼拝では吉岡卓さんに証言をお願いします。吉岡卓さん:日本基督教団埼玉和光教会所属。詩人。障害者神学の研究と実践をライフワークにさだめています。障害:二分脊椎症とそれにともなう下肢障害・膀胱直腸機能障害(身体障害者手帳1級)、うつ病(手帳なし)。

これからの主な予定  9月24日 礼拝後:讃美歌練習
10月1日 役員会(教会運営委員会)  10月8日 祈祷会
10月15日 マリアの会、キリスト教を学ぶ会
10月22日 吉岡卓さんの証言

先週集会報告 礼拝(3日)31名   中高生礼拝(3日)4名 
聖書の学び(3日)7名  聖書と祈りの会(6日)4名  土曜夕礼拝(2日)5名

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2017年9月3日 [説教動画]

2017年9月3日 主日礼拝 マタイ13:24-43 説教「悪克服の希望 林巌雄牧師」

https://www.youtube.com/watch?v=ceeAqxZt0Jc
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聖書の話を身近な経験に置き替えてみました(69) 「こいつが悪い、と即断せずに、もっとじっくり考えてみよう」 [聖書の話を身近な経験に置き替えてみた]

聖書の話を身近な経験に置き替えてみました(69)

「こいつが悪い、と即断せずに、もっとじっくり考えてみよう」

 ある講演会のことです。講師は皆に聞いてもらおうと一所懸命に話していました。そして、ほとんどの人は、講師の方を向いて、熱心に聞き入っていました。ところが、その中にひとり、話しも聞かずに、じっと下を見て、手をまったく止めることなくひたすら文字を書きつけている人がいました。講師は、こちらはこんなに気持ちを込めて話しをしているのに、この人はどうだ、心ここにあらず、人の話をちっとも聞かず、何やら自分の仕事のことでメモでもしているに違いない、あとで注意してやろう、と腹を立てたそうです。

 そして、講演のあと、ロビーで歓談の時がもたれました。講師を囲んで、何人かの人が集まっています。そこに、先ほどの講演中に下ばかり見ていた人もやってきました。質問がある、と言います。講師は「なんだ、人の話も聞かないで、自分の仕事のメモばかりしていたくせに」と言おうとしましたが、ふとその人が手に持っている紙を見ると、さきほどの自分の講演内容と質問がぎっしりと書かれていたのです。講師は、ああ、早合点して、その人を裁かなくて良かった、と冷や汗をかきながら、胸をなでおろしたそうです。

 わたしたちは、自分の思いや、自分の得たわずかばかりの情報で、人を判断してしまうことがあります。家族や仕事仲間、友人に対しても、勘違いをすることや、ひどい場合は、先入観を持つこともあります。それはこの人が悪い、と決めつけることがあります。あるいは、自分の意見が正しく、相手の考えは間違っている、と即座に切り捨てることがあります。

 社会に目を向けますと、わたしたちには、外国人は怪しい、悪いことをしているのではないか、精神疾患を持っている人は怖いのではないか、といった偏見があります。

 けれども、わたしたち人間は他の人間に対して早急な判断をくだすことができるのでしょうか。それは、じつは、判断ではなく、無知や無知が生み出す不安や恐れなどによる決めつけです。

 それは、考えているのではありません。けれども、本当は、わたしたちは考えなくてはならないのです。そして、考えるのには時間がかかります。時間をかけて考えつづけなければならないのです。

 聖書によりますと、イエスはこんなたとえ話をしました。ある農園の主人が良い麦の種を蒔きます。ところが、夜中に、悪党がやってきて、悪い麦の種も蒔いてしまいます。畑には、良い麦と悪い麦が混在し、しもべたちは、悪い麦を抜きましょうか、と言いますが、主人は、そのままにしておけ、良い麦も抜いてしまうかもしれないから、と言います。

 わたしたちも、先入観や偏見、十分な考えなしの拙速な決定で、人を良いとか悪いとか判断していないでしょうか。ことに、悪いと決めつけ、葬り去ろうとしていないでしょうか。

 時間をかけて考えれば、わたしたちは、人をひどいめに遭わせてしまったり、捨ててしまったりしなくてもすむかもしれないのです。


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